なんトラ157

 残念なリリースがbjのPR担当から流れてきました。以下の通りです。

  bjリーグでは、東京アパッチが、2011-2012シーズンに参戦出来ないことが決定いたしました。従いまして、2011-2012シーズンに関しましては、19チームにてシーズンを行います。
bjリーグでは、来季の参戦に関しまして全チームを対象に審査を行っており、2011年5月26日には東京アパッチの参戦も認め、20チームでの開催を発表しておりました。しかし、当初予定されていたビジネスパートナーやスポンサーの確保が難しくなった旨、東京チームより報告があり、来季の参戦に関して難しいとの申し出がありました。リーグもこれを了承し、2011-2012シーズンは19チームでの開催とすることを決定致しました。
東京チームの選手の扱いに関しましては下記の通りのスケジュールとなります。また、その他事項に関しましては、今後、チーム、その他関係各所と連携の上、決定してまいります。
■東京アパッチ 選手の扱いについて
6月8日(水) FA権行使の期限
6月9日(木) 既存15チームによる、プロテクト選手(確保する選手)のリスト提出
⇒東京からのプロテクトはありませんので、FA権行使を行わなかった選手は、すべてプロテクトから外れた形となり、エクスパンション・ドラフト(分配ドラフト)の対象となります。
6月16日(木) エクスパンション・ドラフト(分配ドラフト)の実施 ※新規参入の4チームが、既存チームにプロテクトされなかった選手から希望選手を指名
6月23日(木) 既存15チームが、既存選手にA契約をオファーするか否かの期限
6月23日(木)夕方 “仮保有権名簿”を公開
⇒東京の仮保有権の保持はありませんので、FA権行使選手以外で、エクスパンション・ドラフト指名されなかった選手はすべて自由契約選手となります。

 あっさりと2011-12年度のシーズンは参戦しないということを発表したということです。東京アパッチサイドから、東日本大震災の影響でスポンサー確保が困難になったというという申し出があり、リーグが了承したという形をとっています。
 2012年以降の活動再開については「社内、リーグと協議の上、可能性を検討する」と運営会社は言っており、リーグは「他の会社が運営に名乗りを挙げる可能性もある」と言っていますがチームの消滅の可能性も否定できない状況と言えましょう。
 東京アパッチは過去6シーズンで運営会社が4回変わり、観客動員もジリ貧でここ2シーズンは平均1000人あまりと苦戦していました。昨シーズンはアメリカの投資会社が経営権を取得したと発表し、ユニフォームもレイカーズのようなイメージとオペレーションもアメリカナイズされたものとなり、明るい兆しも垣間見えたのですが、復活するには到らなかったのです。
 3月11日の震災後は電力不足からの計画停電や体育館の確保不能を理由に、活動をいち早く停止してしまいました。まぁ、“赤字をこれ以上増やさない”と言う理由を第一としたのではないかと勘ぐる向きも多数あったようです。

 この後、どういう結果になろうとも東京アパッチのこれまでのトライを良しとしたいと思います。東京のチームとして6年間で3回ファイナル4に残り、初年度が3位。3年目、4年目が準優勝という成績でした。成績的には見事だといっていいと思います。
 ただ、オーガニゼーションとしてのフロントサイドは、bjの中で首都東京のチームがどのようなチームであるべきかということは、まるっきり分かっていなかったと言わざるを得ません。ストリートバスケ的なプレイシステムを5on5に持ち込んでチームのスタイルとし、それを若者が好むだろうなどという乱暴な発想でやってきたのです。
 もう少し王道を歩んで欲しかったと思うのは私だけではないはずです。東京はオーソドックスな構成のチームで戦っていって欲しかった、いろいろな面で全bjのチームの見本になるようなチームであって欲しかったと思うのです。

 ともあれリーグが立ち上がって6年間の疾風怒濤の時代は終焉を見ました。たとえ東京のチームが消滅したとしても(まだ分かりませんが…)、リーグが存続する限り必ずや新たなチームは出来てくるのではと思います。NBAの創設時の頃を見れば容易に予測は立ちます。
今後の成り行きに注目したいものです。

 それでは次回の“なんトラ”まで、ごきげんよう。


なんトラ156

 5月21、22日の土日はbjのファイナルの日でした。
 最終的にこの位置までたどりついたのは、ウエストが沖縄の琉球ゴールデンキングスと大阪エヴェッサ。イーストが浜松・東三河フェニックスと新潟アルビレックスの4チーム。

 特に、東日本大震災の影響をまともに受けてしまったイーストはシーズン途中に仙台89ers、埼玉ブロンコス、東京アパッチが離脱してしまい変則的なシーズンとなってしまいました。地震と津波の影響をまともに喰らった仙台はチームもファンもゲームどころではなくなったのは皆さんにも理解しやすかったと思います。
 しかし、何故? 埼玉と東京がというのはボクも不思議に思いましたが、計画停電で体育館の使用がままならぬこと、そして、津波による2次災害で東京電力の福島原子力発電所の放射能災害の影響で、外国人選手が帰国してしまったのでゲームが成り立たないからというものでした。

 ということでイースタンカンファレンス・ファイナルは浜松が新潟を88-74で、ウエスタンカンファレンス・ファイナルは琉球が大阪を82-76で破り2010-11ファイナルに進出。そして琉球と浜松の決勝は82-68で浜松・東三河フェニックスがみごと昨年に引き続きbj2連覇を達成しました。
 この2試合の闘い方を見てみると第2クォーターでの闘い方で勝敗が分かれたような気がします。浜松は日本人3人を使わなければならないという、bjの新ルールをうまくこなし、日本人選手の強気の差で勢いをつけて3、4クォーターを乗り切って勝利をつかみました。
 コーチ生活45年の中村和雄HCのつかんでいる、ゲームの勝ち方の妙がしっかり出たものと思います。
 1966年~73年 鶴鳴女子高で全国優勝3回。
 1974年~92年 日本リーグ、共同石油でオールジャパン、日本リーグの優勝11回。
 1995年~97年 秋田経法大
 1998年~2007年 JBL OSGフェニックス 実業団選手権、日本リーグ優勝
 2008年~2011年 bj浜松・東三河フェニックス 2連覇
という華々しい経歴ですから、当たり前といえば当たり前なのですが、なんと70歳に“カズさん”はなっておりました。ボクより6歳年上なのですからこれも…ね。でも、沖縄戦を見ながら感じたのは“若~い”ということでした。
 その理由はやはり、やりたいこと、やらねばならぬことがある人は若さを保てるのだなぁ、ということです。チーム名ではありませんが“Phoenix(不死鳥)”みたいなひとですね。
 そして最近、チームをリタイアすることを発表しました。
 どうも、生まれ故郷の秋田に帰る模様です。秋田ノーザンハピネッツのコーチとして有終の美を飾りたいのでしょう。
 ボクのように帰る故郷のない人にとってカズさんの秋田は羨ましく感じます。NBAの選手たちもキャリアの最後は出身地のフランチャイズに戻るという例を多く見ます。こちらもチーム名のように“ハッピー”になることを祈っています。

 それでは次回の“なんトラ”までごきげんよう。