違いを受け入れることからなんだな。 – なんトラ121

 さてさて、外国に旅行してみるとまず、分かるのが日本との違いというもの。
 落ち着いて考えれば何ということはないものです。気候も風土も人種も歴史も異なっているのでありますから違っていて当然のことです。

 でも、人間と言うもの毎日毎日の積み上げが人生というものでありますから、つい自らがこの世の中心であるというような考えに陥るわけですな。とくに外国からの客人を迎える場合に起きがちなのが、こちらの習慣が分からないというところからのズレでしょう。世界中どこの国でもですね。
ズレと言っているような状況の場合にはまだまだ修正は可能で問題ありませんが、これが摩擦という文字を使わねばならぬようになると少々時間がかかります。時としては決裂ということもあり得るわけですね。
ホームステイなどで良くあるホストファミリーと上手くいかないなどと言う時の場合がこれでしょう。ようするに双方の相性の問題と言えます。

 わがファミリーでも、幸い過去20年くらいの間にずいぶんとステイした若者たちがいますが、長い場合も、1週間程度でもまったく問題ありませんでした。いい若者ばかりだったと思います。
 よく、「現代の世の中を生きる人間はインターナショナルでなければ」などということが言われますが、わがファミリーはそんな面はみんな彼ら彼女らに教えてもらったような気がします。外国から来る人々は年齢の老若に関係なく“違い”を楽しみに来ているからなのです。

 そんななかで北ドイツから来た20代の青年に日本の感想を聞いたことがあります。
「君はどんなところに興味を持って日本に来たの?」と。
そうすると「ヨーロッパから一番行きにくい所が日本だったから」と言う答えが帰ってきました(確かにfareast/極東と言われていますからね日本は)。
 「で、どう?、感想は?」
 「まったく違う。表向きは建物も近代的だし、テクノロジーもすべて揃っていて問題ないし、いろいろな面でヨーロッパより進んでいるところもあるんだ。でもね、1歩生活の中、つまりファミリーの中に入ると多くの伝統的な生活習慣やしきたりが残っている。そこが違う。そのギャップがすごく面白いと思うんだ」
 「君にはここ日本が合いそうかな?」
 「うん、言葉の問題さえ解決がつけばすごく合うと思うよ」
 というような会話をしたことがあります。以来、何人もの若者に同じような質問をしましたが、大体同様な答えが返ってきました。
  ようするにどこの国も人も違っていてあたりまえ、ということをベースに考えることそしてそれを受け入れることがインターナショナルなのでしょうね。

ところでドイツの結婚式に出てきたと書きましたが、その式には100人くらい出席していましたが、ドイツ以外からはわれわれ日本を含めて14か国の人が出席していました。いまやユーロで通貨も統一されていて10年ほど、ますます行き来が盛んになっているようです。
そしてそこで以前と違ってきていたことはコンパクトカーの増えていること増えていること。ドイツもフランスもメルセデス社製のSmartという2人乗りの車が増殖していました。やはり、エコロジーがベースになってきているのでしょうね。小さくてすごく可愛いので目立っておりました。新婚夫婦の車もSmartだったので写真を載せておきました。
見たことはおありになるでしょ。

それでは次回の“なんトラ”までAuf Wiedersehen!


“色の道”の先達フランスは絶妙? – なんトラ120

 日本から外国に旅に出てまず感じることが私にはあります。
 飛行機から税関を通って、荷物をターンテーブルのところから取り出して、えっちらおっちら運び出して迎えに来た人と会ったり、あるいはタクシーに乗ろうとしたり、さらにシャトルバスなどに乗ろうとすると感ずるのです。
 それは“香り”いや“匂い”と言った方が良いでしょう。私はそれほど多くの国を訪ねているわけではありませんがそれでも感ずるのですから、それが生活の匂いなのかもしれません。
 たとえば、韓国のソウルに行く時には金浦空港に降り立つわけですが(今も同じかな? なにしろソウル・アジア大会、ソウル・オリンピック以来行っておりませんからね)、そうすると“にんにく”の匂いがプ~ンと来るのです。冬場はそうでもないのですが夏はかなり来ますね。
そしてインドのカルカッタ、今ではコルカタと言うんでしょうか、トランジットでちょいと降りただけで“カレーの香辛料”の匂いがプ~ンと来たもんです。
アメリカのニューヨークに降り立つと“たまねぎ”の匂いがするんですよね。
作者は誰だか失念しましたが、世界の各都市の匂いをイラスト化したアーティストの作品をみたことがありました。そこには、ニューヨークの摩天楼とLady of Liberty(自由の女神)が描かれ、その上に漂う雲が“たまねぎ”の形をしていましたっけ。
香港の上空を漂う雲は“にんにく”。ローマは“オリーブ”の形のがね。
じゃあ、日本はどんな匂いがするのか? ということが話題に上ったことがありました。バスケのアジア連盟のエディトリアル・コミッティー(編集委員会)のミーティングの時でした。当時の事務総長の趙東宰氏は「住んでいる人には分からないものです、そういうことは。日本におりると“味噌汁”の匂いがしますよ、私にはね」。
思わず「へぇ~、そうなんですか?」と言ってしまいました。考えなかった訳ではありません。イラストを観た時に「ウ~ン、なんだろう日本は」と。でも、日本人は体臭も薄いと言われているし、あまりないんだろうな。と一人で合点してしてしまったのでした。ですから前記の表現になったのです。
匂いひとつでもこれだけの多彩さです。これが色となると決めにくいものですが、さらに色々(?)です。
今回フランスに行って非常に心地よかったのは、色が優しかったことでしょうか。長い歴史の中で色と色の組み合わせの妙を熟知しているところが、あらゆる場面に出てくるのです。生活の中にもすごく出ていることが分かります。
たとえばアルザスの田舎町コルマールの朝市に行ったときも感じました。柔らかい朝日が大きな倉庫に差し込んでいる場に色々な物が並んでいます。綺麗なんです、これがなんとも。元々のものの色自体も自然のもの以外を使っていないから優しい色なのですが、それのディスプレイの時点での色の配置、配色、みごとなものです。
フランスにいた7日間、本当に心洗われる気がしたものです。特に都会でなく田舎にそれを…。日本には日本の優しい色使いがあると思いますが、ヨーロッパの配色の妙はどうも、グラデーションにあるような気がしますね。
それでは何点かの“色”を見てみてください。次回の“なんトラ”までAu revoir…!(オー ルヴォアール/さよなら)。