なんトラ167

12月19日は楽しい日になりました。
BASKETBALL BIRTHDAY CLASSICという誰でもが参加できる、プレイできるイベントが代々木第二体育館で行われました。バスケットボールの120回目の誕生日を祝う催しです。バスケを大好きな人たちが手弁当で開催したからです。
前もって集まり、どんな内容のイベントにするかを企画段階から集まった面々が7、8名、1年かけて準備しました。寸前になってこの企画を聞きつけた若者たちがどんどん集まり手助けをしてくれてパワーアップ、一気に盛り上げてくれました。
やはり、こういうことを実行してしまうのは若者、馬鹿者、余所(よそ)者のようです。最初の段階から集まったのは馬鹿者、言いだしっぺは余所者のボクでした。最後は若者が締めてくれましたね。
プレイした人たちは約180名、来場者は300名ほどでしょうか?。
成功か? 失敗か?。
みんなの笑顔が多かったことを持って、大成功としておきたいです。

始まりはバスケの歴史の知識については日本一、いや世界一と言って良い水谷豊先生とお会いした所からでした。もう、40年近く前になります。今でこそボクも一人前にバスケの歴史のことを語っていますが、バスケの起源に関してはすべて水谷先生から教えを受けた知識でございます。
「1891年の12月21日午前11時半にアメリカのニューイングランドのマサチューセッツ州スプリングフィールドの国際YMCAトレーニングスクールの体育館で最初の試合が行われたんですよ」という話を聞かされた時、バスケをプレイする人たちはほとんどご存じないことのようでした。
バスケのメディアにいる人間としてはこの重大な事実を少なくとも、月刊バスケの読者には周知させる義務があるのではと考えたのです。それで事あるごとにバスケットの誕生日の話をしまくりました。雑誌の中で、ラジオやTVの放送で、講演で。そしていつか誰かがその誕生日を祝う会をやってくれればいいのになぁ、と思っていました。
バスケが大好きならば何も考えずに、バスケの大好きな仲間と祝う。凄く素敵だと思ったのです。しかし、だれもやろうとはしません。こういうものは“天の時、地の利、人の和”がないとならぬものなのでしょうね。
アメリカの4大スポーツといわれるものの中に入っているスポーツで、その最初のゲームをした日が分かっているなどということは信じ難いことです。野球もアメリカンフットボールもアイスホッケーも全然わかっていないのです。サッカー、テニス、ゴルフ。何をかいわんやです。その特定された日にお祝いをするのに躊躇は必要ありませんでした。
結局、今回のイベントが出来るまでに30数年の月日を要してしまいました。
でも、みんなの力が結集されて第1回のイベントが出来たことはほんとに幸せなことです。ボク一人では絶対に出来ることではないのですから…。
そして、日本の東京YMCAから、バスケの誕生日を祝ってくれてありがとう。という表彰状を戴きました。バスケを生み出した大元の団体から戴いたということは「これからも続けていいよ」ということなのでしょう。
井上雄彦兄やアメリカからわざわざこのイベントを見に来たジョージ・リベイロ氏も来年は絶対にこのゲームに出ると言っておりました。二人ともこれから練習に入るそうです。
今回参加できなかったバスケ好きのみなさんもぜひ2012年12月19日は空けておいてください、そして代々木でプレイしましょうね。

それでは次回のなんトラまでごきげんよう。


12月19日(月)は代々木第二でバスケをしよう! – なんトラ166

11月23日はWOWOWでの特別番組“マイケル・ジョーダンの日”はご覧になりましたでしょうか?。良く聞いたのは「うちは契約していないから、どこかしている人を探さなきゃ」というタイプと、「それじゃ、契約をしよう。Jスポーツはこれからやらないんだから」というタイプがあったようです。
局の人に確認したわけではないので定かではありませんが、バスケ好きの担当者の企画時点では「もう一度じっくりマイケル・ジョーダンのプレイを見てみたいし、MJで集客ができないかな?」というのと、「ロックアウトが予測されるから、だから極端なことをやってみよう」という両方があったのではないかと推測しました。
どちらにせよ、結果としてファンにとっては本当に嬉しい一日だったのではないかと思います。見ていた人たちも「全部録画しましたから後からゆっくり見たい。ず~っと連続で見れなかったので…」とか、「マイケル・ジョーダンの日はたいへんです。食べ物、飲み物を部屋に持ち込み、一日中立て籠もり。トイレに行く時間ももったいないです。こんな一日を待っていました。今日一日MJ漬け。至福の一日です」と言っている人もいました。
ボク自身としても凄く楽しめましたし、十分に彼のエピソードもお話できたのですっきりしました。そして少しはWOWOWの番組にもお役に立てたのであればこれ以上のHAPPYなことはありません。またこのような番組をやって戴きたいものです。

さて、随分と前から提唱していましたバスケットボールの生誕の日を祝う催しが実現することになりました。
世界にたくさんの球技がありますが、唯一、バスケットボールのみが発祥の日、最初のゲームの行われた日が1891年12月21日と分かっているのです。バスケを愛する人たちがこれを放っておくのは可笑しいとず~っと思っていました。でも、同年代のバスケ仲間の反応は鈍く実現までに20年近く時間がかかっています。
世界という視点で見てもこのような催しはやっていません。だから日本発でやれば…、と思いましたが乗ってきませんでした。
しかし、若者は違いました。面白味を感じてくれ、敏速な動きをしてくれました。皆、ボランティアです。手作りのイベントです。
名称:BASKETBALL BIRTHDAY CLASSIC
実施日:2011年12月19日(月)
場所:国立代々木第二体育館
時間:10:00~20:00
参加費用:1000円(スポーツ保険込み、記念品あり)
です。残念ながら本当の誕生日の21日は違う団体が予約してあり駄目でした。でも、やることに意義がありますので、なるべく近くの日ということで決めました。
ボクの所には大阪、長野、静岡からバスケをしに行きます、と連絡が入っています。休みを取ってくるといっています。そう、アメリカからジョージ・リベイロサンも来ます。
お時間のある方は朝から、学校が終わってからでも間に合います。是非、皆でバスケの誕生日を祝いましょう。お待ちしていますよ~!。

それでは次回の“なんトラ”までごきげんよう。


11月23日はマイケル・ジョーダンの日。言うこと無し! – なんトラ165

NBAはロックアウト(ストライキは従業員がするもので、こちらは経営者がチームの持っている施設に入らせない方法)でゲームが行われず、世のNBAファンを嘆かせております。
WOWOWは昨年からNBAの権利を獲得して放映を始めておりましたが、そのロックアウトでゲームの放映が出来ず苦慮しております。今、放映しているゲームは現在の現役は一人も入っていないゲームばかりをやっています。ロックアウトと言うのは昨年のゲームも駄目というそんな厳しい縛りもあるようです。
だからやるということではないようですが(当初より企画していたようです)、来る11月23日は勤労感謝の日の休日ですが“23”にちなんで「23日はマイケル・ジョーダンの日」として朝8時から夜10時まで、14時間の特番をすることになりました。
ボクは、こういう極端な企画が大好きです。だって、好きなスポーツをず~っと流してくれるのですから言うこと無しですよね。それも、ただ好きなバスケットボールを流すんじゃあなくて、MJに特化してやってくれるのですから、それも14時間も。誰が、どのようにアナウンスするのか、そして喋るのかということももの凄く興味を持ちました。さらに、どのような表し方をするのか? 雑誌で言えば1冊まるごとマイケル・ジョーダンというようなものなのですからね。
「これは絶対見なければいかん」
「どうしよう、まだ契約していないし」
「そうだ、誰か契約している友人にDVDを録って貰おう!」
などという、しみったれたことを考えておりました。
そうしたら電話が掛かってきました。WOWOWからです。
出演してくれというのです。
どうやら、NBAが日本で認知されだした頃、NHKのBSで一番解説をしていたのが僕だというのです。あの頃の熱気を最も感じていたと言うことなのでしょう。番組の中で見れるならこれ以上良いシチュエイションはない。ここでも2回目の言うこと無しと言うのが出てきました。
そして、まずMJのすべてはここから始まったと言う“THE SHOT”の1982年のNCAA選手権決勝。UNC―GEORGETOUN.これはパトリック・ユーイングとの対決です。
続いて1度目の3ピート、1993年のNBAファイナル第6戦。BULLS―SUNSこれはチャールズ・バークリーとの執念の争い。
最後に2度目の3ピート、1998年のNBAファイナル第5戦。JAZZ―BULLSでストック―マローンが立ちはだかったゲームです。
3ゲームも喋ってしまいました。ボクは十分これで満足して素晴らしいゲームで快感を味わっていましたが、当日23日の生番組にもと言う話をいただきました。
否やとことわる理由もありません。僕の知っている、研究したMJをすべて話す集大成にしようと考えました。3回目の言うこと無しです。
さらにUstreamというパソコンで見れるTVで配信する23日を盛り上げる直前企画(11月20日)も出演と言うことになりました。4回目です。マニアックトークを思う存分しろと言うことのようです。もう、ここまで来るとやけくそです。悪乗りする以外に方法はありません。放送局WOWOWの製作スタッフの手に乗ってしまおうではありませんか。
ボクは大いに楽しませていただきます。
井上さんのHPを常にチェックしておられる皆さんも、是非ご一緒に楽しもうではありませんか。

それでは次回の“なんトラ”までごきげんよう。


時には寄席も好いもんだ! – なんトラ164

本当に久し振りに落語を聞きに行きました。
学生時代の友人がどうしても行きたいというのにお付き合いをしたのです。彼は、杜の都仙台に住んでおりまして、先の地震でも家は無事だったものの、かなりの心労はあったようでした。そんな彼が行きたいというのですから、しっかりとアテンドしなくてはなりません。少しでも気分が晴れてくれれば、という想いです。
で、まず確認しました。
「何故、落語なの?」
と。すると、
「仙台にも名の通った落語家が来て演じてくれるけれど、そのチケットはとてもとりにくいんだ。すぐにソルドアウトになってしまう。時々来るからそういうことになってしまうんだね。だから東京ならば常打ちの小屋(常に上演している寄席)があるので一度じっくりと時間をかけて聞きに行きたいと思っていたんだ」
ときました。演者についての特にという希望はないようでした。
そこでボクは自分の動き易さを加味して新宿の末広亭という寄席を選び、前売り券を買いに行きました。そうしたら売っていないじゃないですか。なんと当日売りしかやっていないというのです。興行の基本のママですね。
料金は一般・2700円、シニア・2500円、学生・2200円、小学生・1800円。
ちょっとみると料金は高いかなと思われますが、通常はなんといっても昼夜入れ替え無しというんですからこたえられません。12時から16時30分までが昼の部、17時から21時までが夜の部。見ようと思えば、いや、聞こうと思えば9時間もいられるんですから寄席に…。映画ではこういう訳には行きません。シニアは65歳以上で、ボクは初めて恩恵に浴しましたよ。
落語が中心ですが奇術、漫才、俗曲、漫談、物まね、太神楽、紙きり、コント、漫謡、大喜利、ギタレレ漫談などというようなバラエティーに富んだ演目があります。特に落語は演ずる題目が決まっておらず、同じ物がかかるということは絶対にないといいます。後から出てくるベテラン噺家はお客さんの反応を見つつ、重ならないように演じます。ここら辺が面白いんですね。

さて、落語といえば江戸時代から綿々と続く演芸の究極。歌舞伎などと同じで食事を採りつつ酒などをきこしめつつ楽しむのが王道で、伝統です。
われわれは伝統に従い、デパ地下で好物の玉子焼きやシュウマイ、その他のおかず類そしておにぎりとお酒などを調達して伊勢丹デパートの向かい側の筋を入った所にある末広亭の開演前に並びました。
うまいことにサイドの畳の舞台に向かって左側の桟敷席中央あたりに席をゲットできました。その席は前が下駄箱のような履物入れになっており、ふたの部分は25cm幅のテーブル状になっていて、まことに都合がよろしく出来ております。
落語やその他の芸を楽しむのはもちろんですが、上記の飲食、そしてお客さんたちの反応、面白くなかったり話が下手だったりすると口をあけて寝ている人がいたり、若き学生のような女性客の笑顔が素晴らしく素敵だったり、新たな発見がありました。そして、われわれの見れた有名な芸人は林家ぺー、元月の家円鏡改め橘家円蔵、そして後輩の江戸家猫八親子。現猫八のお姉さんは同級生でしたな。
夜の部は用事があったので見れませんでしたが、満足して気分上々、家路に着きました。仙台の旧友も同様な気分だといっておりました。次回は末広亭の隣にある老舗の洋食屋さんの“あづま”とセットで行きたいものです。あづまは明治大学バスケ部のOBの方が営んでおりますので、新宿にお越しのバスケファンは是非行ってみると良いと思います。リーズナブルな美味しいお店ですから。

それでは次回の“なんトラ”までごきげんよう。


アートの世界に初トライ! – なんトラ163

1か月のご無沙汰です。
この間、何やかやと動いておりましたが一番のメインは、長野県軽井沢町の信濃追分という昔の中山道と北国街道の別れ道にある宿場町の油屋という、今は使われていない宿屋の前庭で行われた“信濃追分ホンモノ市”という本とアートのお祭りに参加しておりました。
緑あふれる素敵なサイトで、自分の人生では初と言っていいアートの世界に脚を踏み入れるのですから十分過ぎるほど緊迫感もありました。
10月9日と10日のわずか2日間のお祭りですが、6日から軽井沢に入り、11日に帰京というゆったりとしたスケジュールでした。
昨年に続き2回目の催しとなります。偶然ですが昨年も見ていましたし、狛江でお付き合いのある生活小物や雑貨そしてニットの作家から、なにかやってみたらと勧められ、スペースを貸していただき、書とポストカード、書とサンキューカードをマッチアップさせた物を展示、即売したのです。
今まで、好きで自分流の書をかいておりましたが、これもボクの中の“なんトラムーヴメント”のひとつで「とりあえずやってみよう」ということで参加してしまったのです。しかし、外側から見ているのと、その中に入って参加して動くのとは大きな違いがあります。大変勉強になり、やってみないと見えてこないものがたくさんありました。
作品はポストカードが100円、サンキューカードが200円と言うホンの小額の2種類しか出展しませんでしたが、物を売ることの難しさを実感した次第です。
昨年は25ブースだった出展が、今年は55ブース、倍増のスケールアップでした。ステンドグラス、陶芸、絵画、木工、金工、古本、ニットの編み物…etc.などありとあらゆるブースが出ていました。皆、決してあわてずじっくりと来場者と楽しげに会話する姿があちこちで見られます。そしてそれぞれのアートに対する関わり方や、考えを披瀝しあいながら刺激をうけあっているように見受けました。素敵な空間です。
これまでスポーツという動の活動しかしてこなかったボクにとって、静の行動というものは非常に興味深い物であり、じつにゆっくりと時間が過ぎてゆくものだと気がつかされました。
これも良いものだ、捨て難い、としみじみ思ったものです。
そしてこのホンモノ市、東京にいたら絶対にしないであろうことを体験できる場があるのも嬉しいことのひとつです。木工のブースのアーティストがチェーンソーで木を削り、椅子を作っていてそれをオークションに出していました。なかなかしっかりとした椅子で木目も綺麗に出す塗装をした渋い作品でしたが11,000円で落札されていました。
我が家の玄関にもひとつ欲しいと思いお値段を聞きにいったら
「材料費は5,000円くらいですが、お教えしますから自分でやってみたらどうです?」
と提案されました。元々好奇心の強いおっちょこちょい気質の強いボクはすぐ予約。翌10日にやってしまいました、体験“椅子作り”。
プロがそばについて教えてくれるなんてシチュエーションはまずありません。すべて電動ですがチェーンソー、かんな、ドリル、研磨機など初めて動かす物ばかりで、凄く楽しい体験でした。まさか、こんな物が自分に出来るなんて、と言う出来栄えです。4本の脚の部分には縦にノコギリで切れ目を作り楔を入れて、その上で接着剤を流し込んでよほどのことがない限り外れないようにするといった“プロ~ッ”といったテクも教えていただきました。
趣味の世界がまたまた広がりました。好きな作品を作って、好きなことをやらせて貰って、作品が残るなんて、至福のひと時、癖になりそうです。
通常、軽井沢と言えば素敵な別荘ライフと、最近ではアウトレットでの買い物などを思い出されるでしょうが、まずあふれんばかりの自然がわれわれにとっての最高の贈り物といえましょう。木工もそんな一部だと思います。
そんな自然があふれた中での“信濃追分ホンモノ市”、シャレた物やアートいっぱいの作品が見つかることは請け負いましょう。
2012年は春、秋の2回開催という予定だそうです。春は連休あたりかな? ドライブがてらにぜひ来てくださいな。ボクも多くの仲間が出来ましたのでまた参加したいと思っています。
ホンモノ市と秋の軽井沢のスナップを少しだけお送りいたしましょう。

それでは次回の“なんトラ”までごきげんよう。