気が付いてくれれば嬉しいんだけれど…。 – なんトラ80

連休前半の休みには予定が何もなかったので、読みたかった本やふだん会えなかった人に会えるという、結構充実した日々を過ごせました。こんな時はなんとはなしにつらつら考えることもできるもので、いろいろ気が付くことも出てくるものです。
 まず、日記を書くことが続いているのはどうもMIXIの影響かな? と思うようになりました。というのは、何人かの若者の日々の行動を書いた日記を見ると非常に肩の力が抜けて書いているのに気が付かされます。ボクは何時も原稿を書くという意識で文章を紡ぐのですが、どうしても過剰に読み手を意識してしまいがちな自分に気がつくことが多いのです。 
 ところが皆さんの文章を読んでいると、ほのぼのとしていたり、言いたいことははっきりと言っていたり、若さあふれる口語体の文章で笑わせてくれたり、なかなかのものなのですね。すごく勉強になります。自分ではWEB上で書くことはしませんが楽しませて貰っています。
 そんな形がボクにもノリ移ってきているのでしょう。だから続いているんだって、最近思うようになってきました。人に読ませるものではないんで結構はっきりと自分の思いは書いていますけれどね。

 さて、4月の21、22、23日とMLBのNY対ボストンのゲームがありました。その時、レッドソックスのユニフォームがグリーンだったのでビックリしました。始まった時にチラッと見て用があったので続けては見なかったのですがすぐ「はは~ん、そうか。やはりアメリカン・スポーツは味なことをやりおるわい」と思ったものでした。
 後でしっかり見た友人に聞いたら、アナウンサーの方が「有名なバスケットのリジェンドが急死したので、それの追悼の意味でグリーンのユニフォームに…」と言っておられたようです。でも、日本でMLBを見ておられる視聴者は松坂大輔投手のことだけしか気にしていないだろうし、バスケには興味はないだろうし、分からんだろうなと思ったのです。
 1984~87年まで4年連続でNBAファイナルに出場したボストンにあって、メインガードとして活躍したDJことデニス・ジョンソンを悼んで、ユニフォームをグリーンにしたのです。ボストンには4大プロスポーツがすべてあり、フットボールがニューイングランド・ペイトリオッツ、MLBがレッドソックス、ホッケーがブルーインズなのですが、歴史的に一番強かったのがボストン・セルティックスなのです。故にこんな形の讃えかたをするのです。東海岸のスポーツファンはもとより、アメリカ全体が理解していると思います。素敵ですよね。

 また、bjのファイナルが4月22日に行われました。大阪エヴェッサがルーキーチームの高松ファイブアローズを破り連覇を遂げました。
バスケットボールでは優勝するとネットカッティングというセレモニーを最近するようになりました。もう、この後は試合がないのでそのリングについているネットを記念に皆で切って持ち帰るのです。写真を撮るときなどそのネットを首にネックレスのようにかけて喜びを表現します。大体一番活躍したプレイヤーが最初に切り始め、最後はヘッドコーチが残りすべてを切るような習慣になっています。
しかし、ここにも日本とアメリカの細かい違いが垣間みられるのです。アメリカ人プレイヤーはネットを切るともう一度はさみを入れ5cm位の切れ端を持って帰ります。日本のプレイヤーはただ切るだけ。持って帰りません。
アメリカでバスケットの大好きなファミリーを取材したことがありますが、当然子どもたちもやっていましたが、その子の部屋にはジップロックみたいな袋に入ったネットの切れッ端が、誇らしげに飾ってあったことを思い出します。その脇には優勝後の記念集合写真がありましたがその切れ端をかじったり、タバコを吸うような感じで人差し指と中指にはさんでポーズしているプレイヤーが写っていました。これなんですね。

こんな2つのシーンを見てもいろいろなことが読み取れるのです。
スポーツは文化だと言われていますが、まだまだ先達の国から学ぶことは多いようです。
こんなことに気が付いて話題に上るようになった時、日本のスポーツ文化がはなひらくときでしょう。
そうそう、エヴェッサは優勝の報告のため、首相官邸に安倍総理大臣を表敬訪問したそうです。バスケもがんばっているよ、と言うアピールにはすごい効果だと感じます。どんどん積極的にやればいいんです。

今回は、気が付いていてくれると…、と言う思いで書いてしまいました。連休後半は5月2日から第4の全国大会といわれる能代(秋田)カップの取材で勉強です。5日までフルに会場に居りますので“なんトラ”をお読みの方で気が付かれたらお声をおかけください。

それでは次回の“なんトラ”までSEE YOU!


日記を書いていたら自分の食の確認が出来ました。 – なんトラ79

前回、日記を書き続けていると書きましたが、なんとか奇跡的に継続中でございます。
 まあ10行くらいのものなので、ちょいとメモする感じでよいという手軽さなので、だらしない、続かない、というボクでも何とかなっているように思います。
 だんだん書くことのバリエーションも増えてくるもので、体重なんぞも書き加えるようになりました。わが家系は代々血圧が高いDNAを持っているようでして、現在87歳の父親も20年前に脳梗塞で倒れリハビリで少しだけ動けるようになりましたが、左半身の機能は戻らず、ず~っと家で見ている状態が続いております。
 この高血圧という奴の一番の大敵は肥満であり、体重をなるべく低く抑えなければアカンようで、これとお塩の摂取量さえ気をつけておけばまあ、少々好きな嗜好物をとっても良いと幼馴染のドクターに言われております。
 だから言われたようにきちんと出来るかと言うと、そんなはずはありません。外に出れば打ち合わせ食事と称して、塩っ辛い味付けの多いものを食べ、オイリー(脂肪分)なものばかり食すわけです。とくに出張などに出かけるとすぐに2、3kgオーバーとなってしまうのです。
 若き時はかなり食べても、動く量は多いし、新陳代謝も活発なので、体内のカロリーも十分に燃えてくれますが、全体的に代謝力が落ちている現状では、そんな身体と上手く付き合っていかねば、ただただブクブクと太ってしまうだけなのですね。
 ようするに食べた分より多く動くか、動きが少ないのであれば食べるものを少なくする、というのが道理というものでしょう。
時々、食に関するものも“なんトラ”で書いているようにボクは美味しいものが大好きだし、そこに気の合う友と、少量の(?)般若湯があると話ははずむしエンドレスになってしまいます。でも、がまんはしません。しっかりとお付き合い致しております。
 ですからこんな状態で太った場合には、静かにわが家で食するときに調整するようにしています。そうすると大体1日、長くて2日で理想体重に戻るのです。
どんなものを摂っているのか? 家で食べるものを列記してみましょう。
1 ご飯(玄米+五穀米)、南部鉄の鍋で炊きます。小さいご飯茶椀に軽く1杯。
2 野菜、なんでも細かく刻んでバリバリ食べます。ドレッシングはもっぱら京都・錦市場 斎造酢店の花菱味ぽん酢。とくにネバネバした野菜が好きなので、季節の時はモロヘイヤ、おくらなどあれば必ず自分でも買い、毎食膳に乗せます。
3 納豆(どこのでも)+たまご(たいてい入れる)。できれば仙台納豆がいいのですが残念ながらなかなか手に入りません。
4 魚が多い。煮ても、焼いても、刺身でも。干物も良いですね。肉はめったに…、身体が求めておりません。外では食べますけれど。
5 わかめ、メカブなどもしょっちゅうぽん酢で。ぎばさ(秋田産)だけは醤油で。
6 シリアルはホールミート+シュガーフロースト・コーン+バナナ+牛乳
7 ヨーグルトは1年中作っていて、バナナ+蜂蜜(能代の近藤養蜂店製のあかしあハニー)
8 心太(ところてん)、これもぽん酢で行くか、蜂蜜でと気分によって変えます。
 以上の1~5までは昼、夕食に。6~8は朝食に。ほとんどこのローテーションで回しておりますな。そして大部分は自分で買い求めて来るし、ご飯も炊くし、切り刻むのも自分なわけなので、うちの奥さんは何にも文句を言わなくなっとります。
 まだ若いつもりで何も意識しないで食事をしていた時は、最高の時は73~4kgありましたが、7~8kg落ちて66~7kgに落ち着いています。
 外食でもうまいぐあいに蕎麦ですませられると、効果はさらに上るようです。
 身体が楽だということと、美味しいし体重が落ちるのが楽しいということを実感しているので続くのでしょう。トライしてみたら出来ちゃった、というところです。一番、運動していた大学の時のベストの体重が62~3kgですから、もう少し。40年前の体重が目標になってきています。
 皆さんのなかでも必要と感じておられたらトライしてみてください。ボクの食べている1~8までの食材ってかなり低カロリーでしょ?。

 それでは次回の“なんトラ”までSEE YOU!


やったぜ! 90日@#!&@%。 – なんトラ 78

 12月31日の昼過ぎのこと。つらつら過ぎ去った1年のことをぼ~っとふりかえりつつ屋根裏仕事部屋のデスクまわりを片づけていたら日記帳が出てきたのです。
 子どもの頃より整理整頓が苦手で部屋の中はいつも資料の山になっていたし、ひとつ取り出すとがさがさと崩れ落ちてくることもしばしばの状態でした。でも、どこに何があるかはほぼ把握しています。いかん、駄目だこりゃ、と思うことは何時ものことなれど、きれいになったためしはありません。
 だから、出てきたと書きましたがあるのはわかっていました。
 この日記帳、B6くらいの大きさでブラウンの革張り。見ているだけで落ち着いたおもむきで重厚感もあり気に入っていました。が、中に書くかどうかは別問題です。これまで取材で出張のとき、海外や国内の旅には持って行き、備忘録として忘れないようにメモがわりに使のがせいぜいでした。
 うちの奥さんと息子たちから父の日のお祝いにプレゼントされたものなのですが、いただいた日の日付はきちんと書かれており、1991年5月30日。銀座の鳩居堂でみて素敵だなと思ったのでリクエストしたように記憶しています。
 3years Diaryと空箔押ししてあり、きちんとした人であれば6冊目に入っていなければなりません。なんてったって3年ですから。でも、中はスカスカのオープン状態。
 で、2007年は1行でもいいから書いてみようか? と気まぐれな心が動いたのです。
 同時に、あまり気張りすぎるってのも好きではないので、池波正太郎さんの日記の書き方に倣うことにしました。その日食したものを記するという方法です。これならば、食いしん坊のボクですから、それだけでスペースは埋まろうってもんです。何かあったり、気になるフレーズ、また、なかなか良い言葉だなと思ったものを書けばよいのですから。
 そうしたら、続きました。3日坊主というのが常のボクがです。10日過ぎくらいから最長不倒距離を更新中。4分の1年の継続です。
 内容は他愛ないものがほとんどで、行動記録、会った人、感動した言葉、なかなか素敵な動き方をする人の印象など…、よいこと以外は書きません。後に残るものだから何時も気分よく行き(生き)たいですからね。
 また、この日記から学びました。“楽しみながらやれば続くものなのだ”ということを。
なんトラ精神ですかね。

 それでは次回の“なんトラ”までSee You!


ゲーム機の前から、体育館へ…。 – なんトラ94

 中学校から運動を始めて、大学までず~っとひとつの種目を追い求めていました。
 近所に住んでいたガキ大将的な1年先輩がやっていて、入学してすぐに誘われたので断る理由もなかったのでズルズルと、という感じです。それが大学まで続いてしまったのですから縁とは不思議なものです。
 まぁ、ボクたちのころは最も早くスポーツを始めるといったら野球。小学生でやるといったらそれ以外には皆無と言ってよい状態でしたな。後は武道、ボクの場合は近くに品川警察があったのでそこで剣道を少し。1年も続かなかったことを憶えています。ですから皆、外でよく遊んでいました。下町の場合はやはりお寺の境内が一番スペースがあったのでそこが遊び場でした。三角ベース、けんけん、手つなぎ鬼、後は呼び名も忘れている楽しい遊びがたくさんありました。めんこ、ビー球、ベーゴマと枚挙にいとまないほど遊びの種類はたくさんあったように記憶しています。

 そのころは、成績の良い子も、悪い子も何の引け目もなく無心で遊び狂っていました。むしろ、遊びもせず皆の仲間に入ってこない子に関しては、身体の弱い子は認められていましたが、勉強、勉強などといっているのは馬鹿にされていたのです。
 成績はさほど良くはない子でも、遊びに関しての創造力のある子は人気者でした。そんな子は夢中、熱中、集中する力が自然と備わったのでしょうね。そして群がってあそんだものです
 最近の子どもたちは遊んでいいよ。というとバラバラにゲームをやり、まず、群がることはないといいます。確かに、パソコンやゲーム機のゲームは良く出来ているし、大人のボクたちがやっても面白いものです。ある意味では子どもたちの生活の一部になってしまっていると言えます。

 普通、親はそれを禁止するという形を取るのでしょうが(我が家もそうでした)、今、ボクが感じているのはそんな生活の一部になっているゲームには逆らっていても無駄だと言うことです。むしろ、やってもいいけど、外で遊ぶのも面白いよという提案をしなければいけないのではないかということなのです。

 バスケットボール・キャンプなどをやっていると、なんとかゲームの前から体育館に足を運ばせようということが第一なのです。それには「行けば何か楽しいものがあるんだ」と感じさせなければいけないのです。ヘッドコーチの岡山恭崇君ともいつもそんなことばかり話し合っています。
 3月23日に狛江で行われたキャンプには100人ものキッズが来てくれました。ファイブスター・キャンプ史上最多の参加者です。ギリギリに運営している貧乏キャンプですが、WJBLの富士通レッドウェーブ(今年度二冠です)の矢野良子さんを含め6人のプレイヤーが手伝いに来てくれ、子どもたちは大喜びでした。研ぎ澄まされた技量に感嘆の声をあげておりました。世界レベルのスキルはなるべく早く見せ、体感させるに越したことはないのですから。

 ゲーム機の前から体育館へ、という目標も少し叶えられたのかなと思っています。参加者は小・中学生が90%ですが、普段教わっていることとはチョッと違うバスケットに果敢にトライしてくれました。彼らが自然に他のスポーツも体験して呉れればもっと面白いバスケになると思っているのですが、さらなるわれわれ大人の努力が必要だと感じています。未来ある子どもたちに出来ることはそれしかないのですから。

 それでは次回の“なんトラ”までSEE YOU!


やって良いこと、悪いこと。 – なんトラ 77

 少しは落ち着いてきはしたものの関西テレビの番組“発掘!あるある大辞典Ⅱ”でのデータ捏造事件はわれわれに多くの波紋を投げかけたようですね。
 ボクも週に2回ほどスーパーマーケットに買い物に行きますが、1月の中頃だったと思うけれど、納豆がどこのメーカーの物も全然ないのでびっくりしました。店員の若いお兄さんに聞くと「何かテレビの健康番組みたいなので納豆がダイエットにきくって言ったみたいなんです。それでいっきに売れちゃって…」というではありませんか。
 “自分の健康は自分で守る”というのが信条なので、食する物は自分なりに気を付けているのですが、なかでも納豆は健康の素、必須の食材なので「また余計なことをやってくれたわい。まあ1週間もすれば元に戻るだろうな」などと思っていましたが、なかなか戻らんじゃないですか。
 そのうち、腹が立ってきました。一概には言えませんがボクの知り合いの関西人は納豆と聞くだけで「なんや、あんな腐れ豆。人間の食うもんやないわ」などとのたまうのが多かったので、関西のテレビ局がこんなことやるなっ! と思ったものでした。
 そうしたら、件の報道がにぎわい始めてきたのです。
 多かれ少なかれテレビというものはかなり作り込んでいくもののようで、面白おかしくしていかないと視聴率が稼げないので、俗に言う“やらせ”や“改ざん”的なものが出る可能性が多い体質があるような気がします。もちろん真面目に取り組んで、しっかりと創りこむテレビマンもたくさんいることは事実です。見ごたえのある番組はたいていそんな良心的な方々によって作られています。
 活字のメディアにいたボクにとってテレビというメディアのパワーの凄さはいやというほど知っています。文章でいくら表現を凝ったとしても、現実の映像にはかなわないことがしばしばあったからなのです。
 また、番組なども映像があって、アナウンサーが説明すると非常に短時間で様になる形ができてしまうのです。月刊誌などと比べてそのスピードの差は天と地の差なのです。テレビ局主催のスポーツ関連のプログラムなどもたくさん作りましたが、まず、局の方の質問は「そんなに時間がかかるものなの?」と言うのが常でした。
 編集会議をして、原稿依頼をして、写真を集めて、デザイナーに発注して、入稿。それから校正が出て最低でも再校までチェックします。それでも間違いが見つかれば念校を出してもらうことになるのです。どうしても時間がかかるものなのです。
 そして普通の出版物ならば売れるかどうか分からないので、買ってもらうためになるべく廉く創るので利益は少なくなります。さらに未来永劫残ってしまうので、記述には徹底的に文献にあたらねばならないということになります。
 ところがテレビという媒体は基本的にはビデオやDVDなどはあるものの消えてしまうものなのでそこら辺が甘くなるのでしょう。また、出版物の広告とは異なって料金の額がけた違い、基本的に大金持ちの媒体なのです。現在はテレビ局の社員が番組を作るということは非常に少なくなっているようで、ほとんど下請けの制作会社任せになっていると聞きます。それはどこの局も例外なく同様のようです。局のチェック機構も甘かったのでしょうね。
 そして、最終的にすべては制作会社の責任にする結果となりました。
 不二家の社長や問題のあった会社などを徹底的につるしあげて、辞任や謝罪させてきた正義のテレビ局の経営責任者は記者会見もせずに文書で“役員報酬30%のカット、3か月間”で逃げ切ったのです。困ったものです。何の解決にもなっていません。自分たちの利益を守るということに終始したと見られます。
 仕事を進める上での重要なモラルが欠如しているのです。これからもわれわれはず~っと気をつけて見続けていかなければいけないようです。
 ただ、面白いことを聞きました。大阪在住のメンバーのお嬢さんは、それまでは納豆がどうしても食べられなかったそうですが、ダイエットになるならばということで「食べられるようになっちゃいました」と言っていました。身体には絶対よいものなので続けて食してほしいものです。
 でも、普段より多く食べて痩せられるはずはありえませんよね。絶対に!!

 それでは次回の“なんトラ”までSEE YOU!