少しは落ち着いてきはしたものの関西テレビの番組“発掘!あるある大辞典Ⅱ”でのデータ捏造事件はわれわれに多くの波紋を投げかけたようですね。
 ボクも週に2回ほどスーパーマーケットに買い物に行きますが、1月の中頃だったと思うけれど、納豆がどこのメーカーの物も全然ないのでびっくりしました。店員の若いお兄さんに聞くと「何かテレビの健康番組みたいなので納豆がダイエットにきくって言ったみたいなんです。それでいっきに売れちゃって…」というではありませんか。
 “自分の健康は自分で守る”というのが信条なので、食する物は自分なりに気を付けているのですが、なかでも納豆は健康の素、必須の食材なので「また余計なことをやってくれたわい。まあ1週間もすれば元に戻るだろうな」などと思っていましたが、なかなか戻らんじゃないですか。
 そのうち、腹が立ってきました。一概には言えませんがボクの知り合いの関西人は納豆と聞くだけで「なんや、あんな腐れ豆。人間の食うもんやないわ」などとのたまうのが多かったので、関西のテレビ局がこんなことやるなっ! と思ったものでした。
 そうしたら、件の報道がにぎわい始めてきたのです。
 多かれ少なかれテレビというものはかなり作り込んでいくもののようで、面白おかしくしていかないと視聴率が稼げないので、俗に言う“やらせ”や“改ざん”的なものが出る可能性が多い体質があるような気がします。もちろん真面目に取り組んで、しっかりと創りこむテレビマンもたくさんいることは事実です。見ごたえのある番組はたいていそんな良心的な方々によって作られています。
 活字のメディアにいたボクにとってテレビというメディアのパワーの凄さはいやというほど知っています。文章でいくら表現を凝ったとしても、現実の映像にはかなわないことがしばしばあったからなのです。
 また、番組なども映像があって、アナウンサーが説明すると非常に短時間で様になる形ができてしまうのです。月刊誌などと比べてそのスピードの差は天と地の差なのです。テレビ局主催のスポーツ関連のプログラムなどもたくさん作りましたが、まず、局の方の質問は「そんなに時間がかかるものなの?」と言うのが常でした。
 編集会議をして、原稿依頼をして、写真を集めて、デザイナーに発注して、入稿。それから校正が出て最低でも再校までチェックします。それでも間違いが見つかれば念校を出してもらうことになるのです。どうしても時間がかかるものなのです。
 そして普通の出版物ならば売れるかどうか分からないので、買ってもらうためになるべく廉く創るので利益は少なくなります。さらに未来永劫残ってしまうので、記述には徹底的に文献にあたらねばならないということになります。
 ところがテレビという媒体は基本的にはビデオやDVDなどはあるものの消えてしまうものなのでそこら辺が甘くなるのでしょう。また、出版物の広告とは異なって料金の額がけた違い、基本的に大金持ちの媒体なのです。現在はテレビ局の社員が番組を作るということは非常に少なくなっているようで、ほとんど下請けの制作会社任せになっていると聞きます。それはどこの局も例外なく同様のようです。局のチェック機構も甘かったのでしょうね。
 そして、最終的にすべては制作会社の責任にする結果となりました。
 不二家の社長や問題のあった会社などを徹底的につるしあげて、辞任や謝罪させてきた正義のテレビ局の経営責任者は記者会見もせずに文書で“役員報酬30%のカット、3か月間”で逃げ切ったのです。困ったものです。何の解決にもなっていません。自分たちの利益を守るということに終始したと見られます。
 仕事を進める上での重要なモラルが欠如しているのです。これからもわれわれはず~っと気をつけて見続けていかなければいけないようです。
 ただ、面白いことを聞きました。大阪在住のメンバーのお嬢さんは、それまでは納豆がどうしても食べられなかったそうですが、ダイエットになるならばということで「食べられるようになっちゃいました」と言っていました。身体には絶対よいものなので続けて食してほしいものです。
 でも、普段より多く食べて痩せられるはずはありえませんよね。絶対に!!

 それでは次回の“なんトラ”までSEE YOU!