昨年末に、ラジオ日本の番組“マネースポーツ”に出させていただいたことはパブリシティーしていただいたので思い出される方もおられると思います。その後、TVの“サンデープロジェクト”、朝の情報番組“スーパーモーニング”にも出させていただきました。
まあ、“マネースポーツ”は業界で裏方として頑張っている人をクローズアップするという番組なので分かるし、自分でも納得できるのですが、“サンデープロジェクト”は北朝鮮の拉致問題だし、“スーパーモーニング”は野球のWBC(World Baseball Classic)に関してだったので、まわりの、番組は視なかったけど出ていたという話を噂で聞いたという人からは「なんで?」「どうしてや?」という電話を貰いました。
たしかにまるっきり異なった分野のことに、バスケ専門の島本が出るということはおかしなもんですな。
さすがに、“サンデープロジェクト”は親愛なる将軍様が寵愛なさっておる次男のために体育館を作ってしまい、そして、そのコートはどうも国際規格ではないようだということで、コートの形を検証せよということで出させられたのでありました。
その体育館では国際親善試合も行われている映像があったのですが、フリースロー・レーンがNBAなのですね。スイスに留学されていた次男はそこでNBAにはまりシカゴ・ブルズのジャージを着用している写真も放映されました。そのジャージの背番号は91、なんとデニス・ロドマンでした。MJではないのに、なぜか理由も無いのに納得したことを思い出します。
ゆえに「このコートはNBA仕様ですね。間違いありません」とコメントしました。
また、“スーパーモーニング”ではWBC=USA=ドリームチームである。といことでアメリカ人のドリームチームに対する幻想についての検証でした。
もちろん野球について聞かれる訳もなく、ドリームチームという語はいつ頃生まれ、使われるようになったか? どうしてドリームなのか? という大元に対するコメントを求められたのです。
これも「1992年、バルセロナ・オリンピックのバスケットボールのアメリカ・ナショナルチームのことを…云々」と答えたのは言うまでもありませぬ。
テレビというものはこのように談話で構成していくわけでありまして、新聞や雑誌などの原稿の消息通の誰々は…、とか業界の誰々は…というのと同じことでそこに使われたのです。
何もボクでなくてもいいと思うし、他に詳しい人はいっぱいいるのにと思ったのですが、そこにひとつの秘密(することもないのですが)がありました。
この3つの番組のディレクターは全員バスケをやっていた方たちでした。それでボクに声を掛けてくれたのだと思っています。
なんで? と考えてみたら次の4点があるのではと思い至りました。
① なんとかしてバスケットという語を露出したい。
② 島本だったら長く携わっているからわかるだろう。
③ 上の立場の人も説得しやすい。
④ プレイをしていた頃から読んでいたり、解説を聞いていた島本に仕事で会ってしまおう。
というものです。
番組収録後にバスケ話が延々と続いたのはとうぜんのことでした。
なんにしても“バスケ”という言葉がでるということはバスケのためになると思ってい
るのでこんな形でも露出できることは嬉しいのです。
なかでもラジオのディレクターのO君は第1回のファイブスターキャンプのパスト・キャンパーだというのですから驚きました。そして嬉しくなりました。
キャンプのディレクターというのは参加する子どもたちにとっては親みたいなものですから一入(ひとしお)です。その親が子のディレクターに使われるというのはすごく素敵なことだと思えて幸せ感に浸りました。
月刊バスケの読者、TV解説を聞いてくれた方々は凄い数です。そしてファイブスターキャンプでも12年で3000人以上の参加者がいます。
もし、僕が必要だったらいつでも声をかけてください。バスケのためだったら万難を排してお役に立つよう頑張ります。
今回は本当に書いてて嬉しい原稿でした。今後ともよろしくお願い致します。
それでは次回の“なんトラ”までSee You!