“もったいない”という言葉を見直したい。 – なんトラ153

 宮城県仙台市のそばの利府町にひとりのHOOPHYSTERIAのメンバーがいます。
しっかりとしたスポーツウーマンのママで、能代の熟年カップ“加藤廣志杯”でお会いして以来のよき友人です。3月11日の大地震では、かなりの被害をこうむり、塩竈市役所にお勤めのご主人はあやうく車が津波にさらわれそうになったとも聞いています。
ともに被災したご近所のママ友と水や食料、その他いろいろな生活資材を調達するためにあちこち走り回る毎日だそうです。そして3週間がたった今朝、ようやく水道が復活したと電話で話してくれました。
「頭も洗っていないのでガビガビだし、化粧もしていないけれど皆一緒だから気になりません、でもこんなに水がありがたいものとは思いませんでした」
と語っていました。
まだまだ、以前の状態に戻るには時間がかかるでしょうし、闘い続けなければいけないことが多いと思います。ぜひ、身体に気をつけて欲しいものです。

さて、東京の方も計画停電とやらで少しずつですが不自由な所が出てきています。今まで電気を節約することなど気にしなかったわれわれも、否が応でも気にせざるを得ない状況になっています。資源には限りがあるということを日本の国民すべてが知らねばならなくなったのです。
なにしろ東京電力の原子力発電機17機のうち稼動中のものは新潟柏崎のわずか4機しかないのです。自分の所ぐらいは大丈夫だろうなどという論理は通用しません。
使っていない電気は消す、席を立つときにはパソコンの電源は切る、コンセントを差し込んである物で使わないものは抜く。など、徹底的にやらなければいけない時が来ています。
日本国中のことで考えてみれば、街中にある飲み物の自動販売機は10人に1台の割合であるといいます。それが1年中商品を暖めたり、冷やしたりしています。その他、トイレの便座、ふたをしているだけでかなり電力の消費を抑えられるそうですが、皆さん、あまり気にしては居られぬようですし、ポットの熱湯を冷まさぬよう点けっぱなしで無駄な電力を大量に消費している現実があります。
まずはここらの“もったいない”という心を、徹底して見直す必要があると思うのです。
我が家など、長期に家を留守にするときには、冷蔵庫とパソコン以外はすべてコンセントを抜きますし、使わない部屋でラインが分かれていればブレイカーを落として出かけます。これらはすべて癖になるくらいまでに徹底しています。電気代の大きな節約ができますし、1年という単位で考えると信じられないほどの金額の節約となるものです。

計画停電がスタートして2、3日立った時、大阪府の橋下知事が「電気に関しては関西はそんなに気にすることはありません」などという談話をしたという記事を読んだことがあります。まぁ、パニックに陥らないようにという考え方が根底にあったのだろうと思われます。
しかし、いつ東北・関東大震災のような災害が起きないとも限らないのですから(1995年に阪神・淡路大震災もありましたからね)、あまりのんびりとしたコメントはいかがかと思うのですがね。

もうそろそろ、日本中がさくらでピンク色に染まるでしょう。そして、若葉もどんどん芽吹いてきます。その頃になれば被災された方々の気持ちも少なからず明るくなり、日本の国の底力を見せられる時が来るに違いありません。ボクは期待しています。

さて、大震災の災害に対する支援として井上さんがsmilesという笑顔のイラストをツイッターでずっと送り続けています。そしてその絵柄を使ったポストカードを販売して支援に当てるというムーブメントを行うということです。
井上さんにロゴマークを描いていただいたHOOPHYSTERIAは、メンバーにポストカードを買い求めてくださいというお願いをいたしました。そうすることによる応援をするのだ、と決めたのです。
皆さんもご協力くださると嬉しいです。

それでは次回の“なんトラ”までごきげんよう。


東北関東大地震にどう向かい合うか? – なんトラ152

 3月11日の14時46分。
 ちょうど自転車に乗っていました。降りたとたんグラグラときましたが、何かフワフワした感じだな、という印象でした。電信柱はブルンブルンと横揺れしているし、電線は縄跳びみたいに振られていました。かなり大きいなという印象だったのですぐに持っていたラジオが付いているデジタル・ミュージック・プレイヤーで聴いて、震度や場所を確認の後、家に戻りました。

 しかし、想像以上の酷さで亜然としました。震度は7.8位(後に9.0に変更)、そして宮城県沖で津波も予想されるとTVで伝えていました。その後は皆さんもご覧になったであろう凄まじい津波の破壊力です。911以来の、もの凄い映像に目を覆いました。
2、3時間後には早くも「大丈夫か?」というメール、スカイプがドイツ、フランス、アメリカ、台湾から来ました。そして阪神淡路大地震の時と同様に「すぐに飛行機で飛んで来い!」って言うんですからね。この後、原発の事故が明るみに出てくるとさらに何度も連絡がありました。
まぁ、お気持ちだけいただく以外に手はないのですが、こんなことを心配して言ってくれる友人がいるということは本当に嬉しいことです。

 しかし今、出来ることをがんばってやろうということで僕が行動に移したのは、ツイッターにも思わずつぶやいてしまいましたけれど、

「11日夜、ご近所のママが新宿で立ち往生、“ER島本隊”は出動し経堂でピックアップ。狛江在住の中学生も同乗させお家に届ける。13日14時から友人の息子夫 婦(東電福島勤務)を収容のため東北へ。20時に白河でピックアップ、帰宅は午前4時だった。会えた時思わずハグしたので被爆かな?」

というものでした。この友人はボクの幼稚園時代からの親友でスポーツドクターとして月刊バスケットボールにもいろいろ書いてもらったという縁もある、アイスホッケーチーム“APEX”のチームメイトです。彼の息子も小さな時から知っているので「一緒に行っては呉れまいか」と頼まれた時には、放っては置けんということで即、快諾しました。
ところがOKしたその後に「2人は車で避難所から移動してくるので、彼らの車の運転手が必要になる」ということで家の奥さんも一緒に行くことになりました。こんな時には免許を持っていないボクはまったく使えん奴に成り下がりました(苦笑)。

それまでにも、携帯が東北方面は通話はまるっきり出来ない、メールもかなり時間がかかるという状態だ。というのは承知していましたが、さすが近頃の若者夫婦。いとこと連絡を取っていて、東北のどこの道は通れて、どこに避難所がある、そしてどこを通れば渋滞がない、などという情報をPCで調べて逐一こちらに連絡を入れてくるようになっていたのです。ツイッターなども駆使したに違いないと思います。
息子夫婦の車、東京から向かうわれわれの車、そしていとこのPCの3元中継ならぬ、3元連絡網です。効果絶大でした。われわれとしては先方がどの辺りにいるのかがしっかりと把握できるわけですから、時間の計算も出来ます。彼らにとってもあと少しとか目標が出来るので、安心感は違ってきたはずです。

ともあれ、夜の8時には無事、国道4号線の白河近辺で落ち合えたのです。その後、彼らの話を聞いて慄然としました。個条書きにしてみると…。
1 ドカーンという音とともに、4階建ての社宅は地盤がずれて斜めにかしいで家具はすべて倒れ、食器はぐちゃぐちゃ。脱出も困難だった。
2 東電の社屋も壊滅し中に入れない状態。
3 社宅の先輩が安否を確認に行くというので同行し、奥さんの無事を確認。
4 オフィスに戻ろうとした時には、非常事態宣言が出されて戻れず。
5 社に連絡を取ろうにも取れず、指示を仰ごうにもどうにもならない混乱だった。
6 ようやく連絡が取れ、今年入社の新人だったので避難所にという指示が出て2日間避難所の体育館で待機。
7 その間、1日に塩むすび1個という状態だった。
8 そして東京でやっとゆっくり寝ることが出来たが、15日朝6時前余震があったときに奥さんが悲鳴を上げてしまった。
 …ということです。

 さて、被災地の状況は時々刻々と変化し、被害の悲惨さが増して行っています。立ち上がろうとする日本を、外から日本を見ている人々や、メディアは次のように感じているようです。

 「日本人である私に、家族のことや知り合いのことを心配してくれる友人が声をかけてくれます。そんな中で日本人は何故あのように冷静なのか、信じられない。南米やアフリカの人々だったらパニックに陥って、泣いたり、わめいたり収拾が付かなくなると思う。素晴らしい」

 「日本は今まで世界中に援助をしてきた援助大国だ。今回は国連が全力で日本を援助する」

 「物が散乱しているスーパーで、落ちているものを律儀に拾い、そして列に黙って並んでお金を払って買い物をする。運転を再開した電車で、混んでいるのに妊婦に席を譲るお年寄り。この光景を見て世界が絶句している」

 英国国営放送のBBCは「地球最悪の地震が世界で一番準備され、訓練された国を襲った。その力や政府が試されている。犠牲は出たが他の国ではこんなに正しい行動は取れないだろう。日本人は文化的に感情を抑制する力がある」

 ローマにいる友達からメール「ローマの人々はニュースを見ながらこのような状況でも、冷静に対処する日本人に感動し、尊敬の念を覚えながら非常に心配している」

ネットで拾ったり、連絡をくれた友人から聞いたエピソードです。こんなのを読むと涙腺が緩み、心が揺れます。日本人だからでしょうか? でも、世界は随分とエモーショナルになっているようです。
こんな評価があるのです。日本は大丈夫です。

それでは次回の“なんトラ”までには原発が納まっていることを祈っています。


東北関東大地震にどう向かい合うか? – なんトラ152

 3月11日の14時46分。
 ちょうど自転車に乗っていました。降りたとたんグラグラときましたが、何かフワフワした感じだな、という印象でした。電信柱はブルンブルンと横揺れしているし、電線は縄跳びみたいに振られていました。かなり大きいなという印象だったのですぐに持っていたラジオが付いているデジタル・ミュージック・プレイヤーで聴いて、震度や場所を確認の後、家に戻りました。

 しかし、想像以上の酷さで亜然としました。震度は7.8位(後に9.0に変更)、そして宮城県沖で津波も予想されるとTVで伝えていました。その後は皆さんもご覧になったであろう凄まじい津波の破壊力です。911以来の、もの凄い映像に目を覆いました。
2、3時間後には早くも「大丈夫か?」というメール、スカイプがドイツ、フランス、アメリカ、台湾から来ました。そして阪神淡路大地震の時と同様に「すぐに飛行機で飛んで来い!」って言うんですからね。この後、原発の事故が明るみに出てくるとさらに何度も連絡がありました。
まぁ、お気持ちだけいただく以外に手はないのですが、こんなことを心配して言ってくれる友人がいるということは本当に嬉しいことです。

 しかし今、出来ることをがんばってやろうということで僕が行動に移したのは、ツイッターにも思わずつぶやいてしまいましたけれど、

「11日夜、ご近所のママが新宿で立ち往生、“ER島本隊”は出動し経堂でピックアップ。狛江在住の中学生も同乗させお家に届ける。13日14時から友人の息子夫 婦(東電福島勤務)を収容のため東北へ。20時に白河でピックアップ、帰宅は午前4時だった。会えた時思わずハグしたので被爆かな?」

というものでした。この友人はボクの幼稚園時代からの親友でスポーツドクターとして月刊バスケットボールにもいろいろ書いてもらったという縁もある、アイスホッケーチーム“APEX”のチームメイトです。彼の息子も小さな時から知っているので「一緒に行っては呉れまいか」と頼まれた時には、放っては置けんということで即、快諾しました。
ところがOKしたその後に「2人は車で避難所から移動してくるので、彼らの車の運転手が必要になる」ということで家の奥さんも一緒に行くことになりました。こんな時には免許を持っていないボクはまったく使えん奴に成り下がりました(苦笑)。

それまでにも、携帯が東北方面は通話はまるっきり出来ない、メールもかなり時間がかかるという状態だ。というのは承知していましたが、さすが近頃の若者夫婦。いとこと連絡を取っていて、東北のどこの道は通れて、どこに避難所がある、そしてどこを通れば渋滞がない、などという情報をPCで調べて逐一こちらに連絡を入れてくるようになっていたのです。ツイッターなども駆使したに違いないと思います。
息子夫婦の車、東京から向かうわれわれの車、そしていとこのPCの3元中継ならぬ、3元連絡網です。効果絶大でした。われわれとしては先方がどの辺りにいるのかがしっかりと把握できるわけですから、時間の計算も出来ます。彼らにとってもあと少しとか目標が出来るので、安心感は違ってきたはずです。

ともあれ、夜の8時には無事、国道4号線の白河近辺で落ち合えたのです。その後、彼らの話を聞いて慄然としました。個条書きにしてみると…。
1.ドカーンという音とともに、4階建ての社宅は地盤がずれて斜めにかしいで家具はすべて倒れ、食器はぐちゃぐちゃ。脱出も困難だった。
2.東電の社屋も壊滅し中に入れない状態。
3.社宅の先輩が安否を確認に行くというので同行し、奥さんの無事を確認。
4.オフィスに戻ろうとした時には、非常事態宣言が出されて戻れず。
5.社に連絡を取ろうにも取れず、指示を仰ごうにもどうにもならない混乱だった。
6.ようやく連絡が取れ、今年入社の新人だったので避難所にという指示が出て2日間避難所の体育館で待機。
7.その間、1日に塩むすび1個という状態だった。
8.そして東京でやっとゆっくり寝ることが出来たが、15日朝6時前余震があったときに奥さんが悲鳴を上げてしまった。
 …ということです。

 さて、被災地の状況は時々刻々と変化し、被害の悲惨さが増して行っています。立ち上がろうとする日本を、外から日本を見ている人々や、メディアは次のように感じているようです。

 「日本人である私に、家族のことや知り合いのことを心配してくれる友人が声をかけてくれます。そんな中で日本人は何故あのように冷静なのか、信じられない。南米やアフリカの人々だったらパニックに陥って、泣いたり、わめいたり収拾が付かなくなると思う。素晴らしい」

 「日本は今まで世界中に援助をしてきた援助大国だ。今回は国連が全力で日本を援助する」

 「物が散乱しているスーパーで、落ちているものを律儀に拾い、そして列に黙って並んでお金を払って買い物をする。運転を再開した電車で、混んでいるのに妊婦に席を譲るお年寄り。この光景を見て世界が絶句している」

 英国国営放送のBBCは「地球最悪の地震が世界で一番準備され、訓練された国を襲った。その力や政府が試されている。犠牲は出たが他の国ではこんなに正しい行動は取れないだろう。日本人は文化的に感情を抑制する力がある」

 ローマにいる友達からメール「ローマの人々はニュースを見ながらこのような状況でも、冷静に対処する日本人に感動し、尊敬の念を覚えながら非常に心配している」

ネットで拾ったり、連絡をくれた友人から聞いたエピソードです。こんなのを読むと涙腺が緩み、心が揺れます。日本人だからでしょうか? でも、世界は随分とエモーショナルになっているようです。
こんな評価があるのです。日本は大丈夫です。

それでは次回の“なんトラ”までには原発が納まっていることを祈っています。