こんなことって、あるんですね。 – なんトラ136

 3か月ほど前の夕食時の時のことです。大体家にいるときには7時頃から夕食をとります。まあニュースを見つつでありますが、ニュースの後に国谷裕子キャスターの“クローズアップ現代”と言う番組がありますが、それを何気なく見ておりました。
 この日は日本の食糧事情に関しての農業関係をテーマにしていて、野菜の水耕栽培についてのものでした。この農法が今後日本の食料事情の悪さを救済するものとして、大いに注目されているといったような内容でした。
 今までも何回となく倒産した会社の工場の再利用として、昼も夜も太陽光に近い電灯をつけて生産する仕組みなどが放映されていましたので、今度もそんなものかと見ていたわけです。
 ところがビニールハウスを使い、日の出から日の入りまでのあくまで日中の太陽光を生かして、なるべく自然に近い状況で野菜を育てるというので「ほほう、不自然じゃないな」とそのとき思ったものです。商社の関係の友人から聞いているのは「LEDランプも使って…」などということだったので今までのやり方とは大分野菜作りも違ってしまうな、というものでした。ご近所の“畑の師匠”の邪魔をしに時々行っており、いろいろと苦労話を聞いていたのでそう思ったわけです。
 その番組の中で水耕栽培の仕組みを説明している人物を見ていたら「あれ、どこかであったたことのある人だな?」と気になったのですが、そのまま番組を見ていたらテロップで名前が出てきました。正に知っている人物でした。本当にビックリしましたなんと、最後に会ったのは彼が18歳、ボクが22歳。今から40年以上も前のことです。
 大学のコーチとして付属高校の有望なプレイヤーの1人として指導もしていたし、熱心に誘ってもいたのでした。彼自身は結局、大学には進学せず牧畜の世界に身を投じたため大学でプレイすることもなく、次第に疎遠になっていったのです。しかし恩師からは北海道の函館の大沼の近くで乳牛を飼って牧場を手広く営んで、成功していると聞いていました。

 そして“クロ現”です。それまで水耕栽培では結球野菜ができず、レタスもキャベツも白菜も開きっぱなしだったのがしっかりと丸く出来るようになったのだということ。さらに農薬を使わず野菜に必要な養分だけを水に溶かしているので安全だということ。この農法に一番注目しているのが中国でありその仕組みを取り入れようとしているというような内容でした。NHKが中国まで撮影のクルーを送り込んでいるのですからなんとの大したものでした。
 この冬から春にかけては天候が不順で野菜が高騰している時で、キャベツが1個400円もする状態だったので非常に興味深く見たものです。
 ネットで、すぐにそのとき出ていた社名アグリ・ポピュレーション・ジャパンと言うのを調べた所、会社+農場は姫路にあることが分かりましたので手紙を書きました、名刺も同封して。
すぐに電話がありました。正確には41年ぶりの会話を交わしたことになります。時間の経過は何の障害にもならず一気に1時間近くおしゃべりをしてしまいました。近いうちに会おうと言うことを約したことは言うまでもありません。
そして、4月下旬に京都に仕事で行ったついでに姫路まで足を伸ばして、嬉しい再会が実現しました。

この続きの再会の模様と農場の様子は次回の“なんトラ”に書きますので、それまで、ごきげんよう。


ある日の感動…。 – なんトラ135

自分の健康を保つためにしていることにはいくつかあります。
①玄米食
②野菜、魚中心の食事
③エスカレイターに乗ったときの足首ストレッチ
④週一テニス
⑤バイク(自転車)での移動
 などなど。①、②は体が自然と求めているようですので、やろうやろうとしてしたことではありません。成り行きに任せました。
ボクの人生はいつもギリギリだと連れ合いに言われます。「いい歳なんだから、時間に余裕をもってやらなきゃ」…。今まで確かに、仕事柄かつねに締め切りというものがつきまとっていましたから、あるときにはタイトロープを渡っているようなときもありました。でも、どうにもなりそうにない状況でもなんとかなっていました。
 駄目で元々、当たって砕けて…。
だからいいかげん(良い加減)に成り行きにまかせることがボクの処世術だともいえます。続かないものもたまにはありますが、①、②はかなり継続しております。
④、⑤は実行されている方も多いと思います。特に昨今、自転車に乗っておられる方の多いこと、多いこと。羨ましいほど素晴らしい機種にお乗りの方もおられます。
③は拇指球、指でエスカレイターの段の手前部分につま先で引っ掛けてかかと部分を下に落としてアキレス腱を伸ばすやり方です。エスカレイターの保守の方には「そんな乗り方をするな!」と叱られそうですが、日常生活の中にそのような動作はないのでやってしまいます。ごめんなさい。でも、凄く気持ちいいのですよ。

さて、先日気持ちの良い5月晴れの土曜日、例によってテニスに出かけました。その日はいつものメンバーの参加者が多く待ち時間がかなりありました。ところが隣のコートでプレイしているグループは3人しかおらず、一緒にやってもらえないかという申し出がありました。つまり助っ人を一人貸してくれということです。
たまたま空いていたボクがそのグループに入ることになりました。
そしてダブルスです。相手は40代後半か50代に入ったばかり位のご夫婦。パートナーは72歳の大先輩。しかし、相手の男性の動きや表情に何だか違和感がありました。
そうした所パートナーから、
「実は彼は私の息子で52歳です。50歳の時に脳梗塞を発症して言語の方に障害が残っています。でもリハビリがうまくいき何とかテニスをやってみようと本人が思うまでに回復してきました。初期には車椅子でしか生活の方法は無いと医者に言われていたのにです…。ご迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願いいたします」
と言われたのです。びっくりしました。私の父も脳梗塞で倒れてから23年間もその精神的な移ろいや姿を見ていましたから、彼のやる気に驚きました。
彼は左脳を損傷したので右半身が不自由になり言語に来たのですが、生来左利きだったのが幸いしました。そして柔らかなゆるいボールであればきちんと返してくることが最初の数ストロークでわかりました。
通常であればゲームというものはどんなものでも勝利を目指すわけですが、この日のゲームはいかに彼の打ち易いところにボールをコントロールするかがボクの課題(トライ)となりました。
約20分ほどのゲームでなるべく彼に多く打たせることが出来れば大成功です。なぜなら何本かボールを送り込んだら見事に返し、そのときの表情がドンドン良くなってくるのが分かったからです。普段より倍以上のコンセントレーション(集中力)でボールを注視し、そして動き回りボールを渡す。
都合、彼とは2ゲームしました。あちらこちらにボールが飛んでも全部拾ってボールを送り込むのですから凄く疲れました。でも、彼のおかげでボクにとっては非常に良いエキササイズになりましたし、良い汗をかかせてもらった上に、素晴らしい感動をいただいたのです。
そしていつ彼のように思わぬ不幸が来たとしても、あきらめずに闘い異なった部位の開発をしなければいけないのだ、また、心の準備も必要不可欠だということを学ばせていただきました。毎日、毎日考えなければいけませんね。

それでは次回の“なんトラ”までごきげんよう。