木陰でのジャズを楽しんできましたよ。 – なんトラ103

 昨年の10月頃のことでしたでしょうか、この“なんトラ”の原稿を書き終えて「ホッと」して3Fのアティック(屋根裏部屋)から階下に降り、なにげなくTVをつけました(こういうことが多いな?)。深夜です。
 NHKのBSでたまたまやっていたのがドキュメンタリー番組でした。杜の都と言われる仙台で行われている“定禅寺ストリートジャズフェスティバル”がその内容でした。視ているうちにその規模の大きさに圧倒されたのです。
 ケヤキ並木の定禅寺通りを中心に、ビルの入り口、小さな公園(ポケットパークと仙台では呼んでいるようです)、グリーンベルト、商店の軒先、公園、市民広場がステージでした。プロのアーティストは招待された僅かの方々だけで、ほかの参加者?は出たい人やグループが、登録しさえすれば誰でも制限なしと言います。なんとも興味をそそられました。700グループ以上の出演があるというのですから見てみたいなぁ、と即思いました。
 思い立つと実行せねば気が済まぬ性質のボクは、すぐに調整をし始めました。そして、8月はキャンプ(バスケットボール教室)で休みもなかなか取れなかったので、ちょいズレの夏休みとしゃれて9月12日から15日まで、行ってきちゃいました。仙台には学生時代の友人が住んでおりますし、彼もいつも見に行くということを聞いていたのでステイさせて貰ったのです。

 いやぁ~、凄かった。素敵だった。見事だった。というのが素直な感想です。
 11エリア、41か所のステージ、その他4か所のタイアップステージがありとてもすべてを見る?、聴くなんてことは不可能です。なんてったって南北は定禅寺通りから南町通り、仙台の駅前通りから西公園通りまで、国分町、一番町の繁華街を包むように縦横徒歩30分くらいの中に点在しているのですから、広い広い。そして街の中が森の中のように鬱蒼としているのですから散歩するだけでも絶好なのに、ジャズまでついているんですからね。
 もちろん、見るのも聴くのもただですよ。

 来場者たちをウォッチングしてみると凄く幅広くて、赤ちゃん連れの親子から1人で来ているおじいちゃま、親子三代連れ添ったファミリー、友人と来ている昔の娘さんたち、もちろん若いカップルもたくさんたくさん居りました。様々な人たちが集う、市民の生活の中に染み込んでいるジャズフェスティバルとなっていました。
 何度も見に来られているベテランたちは風景スケッチをする人たちが使う携帯用の軽い小さな椅子を持ち歩いているようです。かなり多く見かけたものです。
 プレイヤーたちはゲストを除いて2日間で1回のステージでそこに全力を注ぎます。ステージが終わると、配られたTシャツを誇らしげに着て(バックにPLAYERSとプリントされています)、そこここのパフォーマンス見に行っています。その歩いている姿がまた微笑ましく感じたものです、今まで演じていた人たちが目の前を歩いているんですからね。

 初めて見に来たので最初はぐる~っとすべてのエリアをまわりました。気に入ったジャンルの演奏をやっている足を止め、という具合でした。その中でなかなかだったのは30代中盤から後半位のママたちのゴスペルグループ、名前は“The North One”凄い迫力で24、5人が歌い踊りまくります。7、8人がソロをつとめ曲によって入れ替わり立ち代り登場して踊りもピタッと合っていました(のように見えたのかな?)。常に笑顔を絶やさず演じていたのは凄く好感が持てました。
 MCの紹介によると仙台市内の音楽教室のゴスペルコースの方たちのようでした。思わずbjの仙台89ersのハーフタイムショウによべばいいのに、などと考えている自分に苦笑してしまったものです。その位の完成度がありました。
 その他夫婦2人のデュオの“そのまんまビートルズ”などは、正直あまり上手くはないのですが(失礼)、かなりの曲数をメドレーで演奏したりしていました。しかし楽しげにやっているのは誰にもわかり、かなりの数のビートルズ世代が足を止めて聞き入っていました。
 まぁ、こんな楽しみ方が一般的のようですね。

 参加バンドのジャンルは、ビッグバンド、ロック、ブルース、アコースティック、ア・カペラ、ジャズ・コンボ、ソウル・R&B、カントリー、ワールド、ゴスペル、フュージョン、ポップス、フォーク、クラシック、ボサ・ノヴァ、オールディーズ、ブルーグラス、民謡、日本音楽、打楽器、クラブ、スカ、その他と、ないものはない位多岐にわたっていました。ビッグバンドは当然のごとくラテンをやっていましたしね。

 そうでした、参加料がいくらなのか書くのを忘れました。1人2000円。前記したTシャツが記念として渡されると運営関係者の方がおっしゃっておりました。ビッグバンドなどは人数掛ける2000円ということだそうです。でも、B4、44ページのプログラムをただで配っているし、凄く良心的だと感じました。プロを配るそばにカンパのボックスがあったので少しドーネーション(寄付)したら、ボランティアのお嬢さんがミニガンザ(フィルムケースにサンゴのかけら入れたスタッフ手作りの楽器、振るとカシャカシャと音がします)をプレゼントしてくれました。
  細かい所まで行き届いているイベントだなぁと、これにも感激でした。
18年前の1991年にスタートしたときには参加バンドが25グループ、ステージ数が9か所、観客は5000人位でした(1日)。しかし、18回目の今年は714グループ、96ステージ、観客は75万人近く(ボクの予想です、昨年は72万人だったといいますから…)、何とも凄いことになってきているようです。さらに進化するでしょうね、あれだけ細かい配慮がなされているのですからね。
 仙台に行って本当に良かったと思いました。どうも、癖になりそうですな。

それでは次回の“なんトラ”までSEE YOU! 次回も仙台レポートの予定です。


超大物入団会見2連発!

ごぶさたしております。前回更新からあっという間に8ヵ月。皆様いかがお過ごしでしょうか ←前回と同じごまかし方 今回は言い訳は後回しにして、さっそく本題に入りたいと思います。

20c

8月の末、bjリーグに新規参入する浜松東三河フェニックスが新外国人・孫明明選手との契約基本合意を発表しました。名前でわかるとおり、中国人です。7月にラスベガスで開催されたリーグのサマーキャンプに参加していて、その時の映像がネット上にいくつも出回るなど注目されていました。
何故注目されていたのか? それは、彼が236cmという超巨漢だからです。あのヤオミンよりもデカい! 日本が誇るビッグセンター岡山恭崇さんよりもデカい!! 何せ、ネット上の動画でもほとんど飛ばずにダンクしてたくらい(爆)。
その孫選手の入団会見が東京で行われるというので、取材することにしました。記者会見というのも5月のbjリーグプレイオフ以来だな~、と最初はのん気に構えておりました。
そうしたら、我が家にもう一つ凄いニュースを知らせるFAXが。なんと、田臥勇太選手のリンク栃木ブレックス入団です! そういえば、4月に能代工業高の加藤三彦監督がブレックスのHCに転身するというビッグニュースがあって、その会見を取材した時も確かに「一番欲しい選手」とは言っていました。でもまさか本当に獲るとは……。
問題はそのFAXの文中に「9月2日に記者会見の予定」とあること。孫明明と同じ日じゃないですか。時間がかぶってたらどちらかを泣く泣く諦めなければならないところでしたが、どうやらかぶらないことがわかり一安心。そんなわけで9月2日、まずは孫明明の会見場である渋谷へ向かいました。

20b

会場に入るとちょうど会見が始まったところだったのですが、いましたいました、遠近感という概念を完全に無視した人が(爆)。岡山さんに何度かお会いしているのである程度慣れているつもりでしたが、それにしてもまぁ一際デカい。隣の中村和雄HCが小人みたいになってます。
っていうか、会見の席に5人も並んでいるので、資料で出席者の名前を確かめてみると、孫選手本人の他に中村HC、河合幸雄球団社長、オーエスジーの大沢輝秀会長、河内敏光リーグコミッショナー。チームはもちろん、リーグとしても相当期待しているということですね。ま、世界最長身選手が来たわけですから当然といえば当然です。
その期待のほどを中村HCが語ってくれました。「ただ大きいだけかと思われるかもしれませんが、彼はいいですよ。すごく器用な選手。本人もいろんなことをやりたいって言ってるんだけど、僕としてはゴール下で頑張ってほしいから、『3ポイントは1試合に1本だけにしてくれ』って頼んだんですよ。こりゃあ、これから俺と揉めるな(笑)」
当の本人も冗談半分とはいえ「本当はガードをやりたい」っていうくらいですから、スキルはあるんでしょう。アメリカに拠点を移して3年半、日本に来たのは「NBAに行くためのビッグチャンスだと思ったから」だそうです。中村HCも「彼をNBAに送り出して、『bjはNBA選手を作れるリーグ』とアピールしたい」とのこと。
また、会見では河合氏と大沢氏からチームのこれまでの経緯等が語られ、特に大沢氏からは結構突っ込んだ話も聞けました。要約すると以下のような感じです。
「bjができた時にも河内さんに誘われたが、当時は決断できなかった。その後バスケ界のことを勉強して、企業スポーツには限界があるとわかって、ちょうど浜松の経済界の方から『磐田や静岡にプロスポーツがあるのに浜松にはない。是非来てほしい』と話があったので、河内さんに相談して東三河とのダブルフランチャイズという形になった」
浜松東三河といえば、河内コミッショナーのご子息も選手契約。JBL時代の選手も6人残り、元大分のアンディ・エリスも加入して、こりゃ強そうです。浜松の近くにヒステリアのメンバーがいらっしゃることもあり、浜松のゲームには行ってみたいと思っています。

20a

さて、もう一人の大物・田臥選手の会見は、天王洲のナイキジャパン本社で行われました。ここには我らが島本さんもいらしてました。どうやら僕同様2件かけもちの記者の方もいるようです。
出席者は田臥選手の他、山谷球団代表と加藤HC。本人の口から語られた入団の理由は「試合でプレイしてNBAのスカウトにアピールしたい。自分のバスケットをよく知っている加藤HCの下でやることが先につながる」というものでした。今までとは違うアプローチでNBA復帰を目指すということのようです。
交渉は代理人を通して行われたようで、山谷代表もこの会見の前日に初めて本人と会ったとか。また、代理人から提示されたいくつかのオファーの中からブレックスを選んだとのことで、加藤HCから直接ラブコールを受けたわけでもないということです。
その加藤HCとともに戦うことについては、「能代が僕の原点で、またこうして一緒にやれるのは楽しみ。『高校時代から見てました』と言ってくださるファンの方も多いので、それに応えるという意味でも楽しみです」。
そのコメントの前置きで「『先生』と呼んだら怒られる(笑)」と言っていましたが、これには会見場も笑いに包まれました。高校時代の師匠とトップリーグで再びタッグを組むのはたぶん初めての事例だと思いますが、当時の能代は相当インパクトが強かっただけに、本人も周囲も高校3年間のイメージがまだ残ってるんでしょうね。
個人的に注目しているのは、入団したのがブレックスという地域密着型プロチームであることです。ホームゲームが大入りになるのは間違いなく、チームの知名度も入場料収入も大幅アップは確実。田臥選手自身「地域に貢献するのはアメリカでは当たり前のこと」と語っており、プロ経験者の竹田謙選手あたりとともに高い意識で取り組んでくれそうです。
あとはJBLがその人気をバスケのメジャー化に生かせるかどうか。以前在籍したトヨタ自動車時代は、チームもリーグも彼に頼るだけで、その人気をバスケ普及につなげることは全くといっていいほどできませんでした。新リーグ2シーズン目、JBLが本当に生まれ変わったのかを確かめるいいチャンスです。

最後に宣伝をひとつ。ご存じの方もいるかと思いますが、4月にストリートボール情報WEBマガジン「Breakin!」が創刊されました。LEGEND・SOMECITY・ALLDAY・Hoop In The Hoodという4大イベントを中心に、主に首都圏のストリートボールを扱っております。
要するに、「Breakin!」が始まってからなかなかここを更新できなくなっていたというワケですが、そろそろbjリーグやJBL、WJBLも始まるし、そもそもこの程度で忙しいなんて言ってたら先が思いやられるということで、そろそろこちらもまた更新頻度を上げていけるように頑張りたいと思います。
ただ、ストリートについては「Breakin!」と内容がかぶってはいけないので、今後このコーナーでは基本的に取り上げないことをご了承ください。ストリートの情報が知りたい方は是非「Breakin!」へ!!
ということで、また次回!


米国大統領選に見るスポーツ度は…。 – なんトラ102

 現在、その選挙運動の期間の長さと過酷さから“アメリカン・マラソン”と言われる大統領選挙の話題でもちきりのアメリカです。この大統領選の前にはあのオリンピックでさえも影が薄いといえます。
民主党は元大統領のビル・クリントン夫人のヒラリー氏との壮絶な候補指名争いに勝利したケニア出身の父とカンザス州出身の母を持つバラク・オバマ氏は、アメリカ大統領選初の黒人候補ということは皆さんもご存知のことと思います。
 彼がここまで上ってくるまでには民主党内の政治勢力だけでなく、389年のアメリカの歴史にも挑んで勝たなければならなかったのですから大変です。389年というのはアフリカ人が最初に奴隷として、ヴァージニアのジェームスタウンに連れてこられたのが1619年だからです。それ以来、独立戦争、南北戦争、公民権運動などで人種問題がアメリカ史のなかの大きな争点だったからです。
 アフリカン・アメリカンは音楽やスポーツの世界での優秀性を示して来はしたものの、ビジネスや政治ではなかなか認められるところまではいっていません。そこでオバマ氏の出現です。だからアメリカ人にとって、多くの言葉が必要ない位のもの凄いインパクトであることは間違いありません。
 
 6月3日、大統領候補指名を確実にしたオバマ氏と奥さんのミシェルさんの、大歓声の中のステージ上で抱き合うという映像を見ました。その時、ミシェルさんは握りこぶしを肩の前に上げると、つられるようにオバマ氏もこぶしを作り、軽くぶつけました。
 ボクにとってはアメリカでは日常生活の中でも良く見ていたし、バスケットでもベースボールでも、どんなスポーツでもスーパープレイや得点の時にげんこつをぶつけて喜ぶのは日常茶飯のことでしたから、当たり前のように見ていました。
しかし政治の世界では違ったんですね。初めてのことだったようで大きな話題を呼んだようでした。
 ミシェルさんはTVで「フィスト・バンプ(こぶしの衝突)で讃え合わなきゃ。これは新しいハイファイブですよ」と説明していました。互いの手のひらを合わせるハイファイブはハイタッチと言われ日本でも一般的になっているほどですが(アメリカではハイタッチと言っても通じません)、それと同じと言おうとしたようです。でも、フィスト・バンプはまだ一般人には認知されていないので、特定の人種や年齢、階級を連想させ、とくに都会の黒人の若者文化と結びつくようです。そこが話題になったのでしょう。
 オバマ夫妻に黒人らしさや若さを捉えて好感を覚えたり、反発を感じたりした人もいたと思います。2人の一体感と高揚感が一瞬のムーブをかもし出したのでしょうね。
この行動を人前でしたことによって、新しいタイプの候補として全米に認知されたと言っても過言ではありません。アメリカでは大統領候補とその奥さんが表した斬新なメッセージは常に話題となるからです。
 
その後、さらに候補受諾のスピーチのミシェル夫人とお兄さんのクレイグ・ロビンソン氏のエピソードも心温まるものだったようです。貧困の中でも厳格なしつけを徹底していた家庭にあって、バスケットボールの有名な選手だったクレイグ氏は、妹ミシェルが交際していた「バラク・オバマ」という男が信用できるかどうかを、バスケットでワンオンワンをして「試した」というような話は共感を呼び、等身大の人物像を聴衆に実感させる効果があったと思います。

 さて一方の共和党の候補マケイン氏は、民主党大会の翌日に、オバマ旋風を吹き飛ばすかのように全米に「サプライズ」を巻き起こしました。副大統領候補として、44歳の現職女性知事、アラスカ州のサラ・ペイリン知事を指名したのです。噂されていたリッジ前国土保安長官でも、ポウレンティ・ミネソタ州知事でもなく、また女性候補なら彼女といわれていた、カーリー・フィオリーナ前HP(ヒューレット・パッカード社)会長でもなく、ほとんど政界もメディアもノーマークの人選は、一気にニュースメディアのトップを奪ったのです。
 このペイリン知事、とにかく異色の政治家で話題性は十分です。アラスカ育ちのアウトドア派で、ご主人は原住民イヌイット(エスキモー)の血を引く漁師です。それだけでも十分ユニークなのに、高校時代はバスケットの花形選手で、準ミス・アラスカに選ばれて奨学金を獲得して大学に進学、その後はTVジャーナリストを経て政界入りした44歳の女性ということですから大変なものがあります。息子さんは軍人でイラクに派遣されているということですから、マケイン候補と良いコンビだと言えるでしょう。もちろん、そこには女性候補を据えてヒラリー支持票を囲い込みたいという思惑も見えます。

 オバマ、マケインどちらをアメリカ人が選ぶのか分かりません。しかし、そのまわりをとり囲む人たちのなかにスポーツをバスケを大事にする人がいるというだけで、ボクにとって何か嬉しい感じがする今回の大統領選です。

 それでは次回の“なんトラ”まで、SEE YOU!