血の濃さを感じさせてくれる聖地・柏島 – なんトラ84

 6月2日、朝一番の便で高知に向かいました。7時半のテイクオフですから家は5時半には出なければなりません。でも、なんだか遠足に行く気分。爽快な旅立ちです。
 同行者も同じ気分だったようで、予定どうりの時間に高知に着きました。早速レンタカーして、一路、幡多郡大月町柏島に向かって走り始めました。まずは、土佐久礼という港町をめざします。ここは“土佐の一本釣り”というコミックで有名な青柳裕介さんの出身地で、彼の銅像も太平洋に向かって建っているという由緒ある地です。

 ここで、少々高知について受け売りの説明をしておきましょう。でないと柏島というのがどこにあるかがイメージできませんからね。
高知県は四国の中でも太平洋に向かって両手を広げているような感じで存在しています。地図を見るような形で表現すると右側に突き出ているのが室戸岬、左側が足摺岬になります。両方とも台風の時には必ずといってよいほど名前が出てきます。土佐久礼はちょうど中央くらいに位置していて、柏島は足摺の左側の突端と考えていただければよいと思います。

 高知から須崎までは高速がありますが、そこからは一般道。久礼はそのとっかかりでした。昼ごはんは久礼でと設定していたので、さっそく“かつおのたたき定食”としゃれました。それに“きびなごのてんぷら”が旨そうだったので注文。大当たりでした。これで一杯とくれば最高ですが、運転をしてくれている従兄弟に申し訳ないのでがまんがまん。5人とも高知の印象度が大きくアップしたのはいうまでもありません。
 天候は曇りでしたが道はすいており、いっきに旧中村市、現四万十市の手前の大方町の道の駅にある情報センターまでひとっ走り。ここの浜辺はかなり広くて毎年5月に全国からTシャツのデザインを募集して、数千枚を展示するといった催しをする砂浜美術館が有名です。売りが砂浜というのもなかなか素敵です。ここまで2時間半はかかっています。もちろんあっちへ寄り、こっちを見るといった旅ですからいたしかたありません。
そして四万十川をこえて宿毛市に入ります、海岸端から山の中の道になるわけです。宿毛は港町で九州・大分の佐伯からフェリーが出ていると聞いてびっくり、佐伯にも時々行くので次回は九州から入るのも面白そうなどと考えている自分にあきれもしました。悪ノリの癖は抜けんものです。ここでも1時間。

 宿毛から目的地までは車で1時間半、舗装はされてはいるものの道は細くほんとにこの方向でいいのか? と言うような道でした。
「あと少しみたいだよ」という従兄弟の言葉が聞こえたと思ったら、バーンと風景が変わり海が前面に展開したのです。そこが柏島でした。
日本でも有数のダイビング・スポットであり、島の周りにはさんごが自生するという本当にきれいな海に囲まれています。
隣の町の宿毛までの遠さを考えると、親戚の皆さんの言っている「海には目が行っても、本土の方には目が行きません」というのが初めて実感できました。すべて船で行動していたのでしょう。ボクの祖父も船で高知まで出て、そこから東京に出たと言う話を聞いたことがあります。
「日本の中でも空港から4時間以上かかるのはここ位のものらしいよ」という凄い所、柏島。
島の半分くらいは親戚らしいし、なんとなくホッとする居心地の良い場でした。清貧な地であり、信仰心の厚い、血の濃さを感じられる所など、なかなかあるものではありません。ボクにとって新たな大切な聖地となった気がします。
ともすれば仕事が忙しいとか、いろいろな理由をつけがちの若者のお尻を蹴っ飛ばしてくれた叔母に感謝、感謝の旅でした。

それでは次回のなんトラまでSEE YA!


なんトラ83

 2001年の冬のことです。
 17、8年振りにスキーをしたのです。(真夏になろうというときに変な出だしになってしまいましたが)土、日とフルに滑りました。スキーの板そのものの素材の進歩と、かなり短いのが主流になっていたので、よく滑るは、曲がるはで、嬉しくなって我を忘れて滑ってしまったのがいけなかったようです(?)。
 まだ、55歳前だったし、その後、東京に帰ってきてからも月曜に2時間、水曜に2時間テニスをしました。水曜の最後のゲームのときにそれは起こったのです。左足首にボールをぶつけられたか、思い切り蹴っ飛ばされたようなショックでひっくりかえりました。立とうとしても全然駄目。アキレス腱の完全断裂でした。
 まるっきり痛くはないし、不思議な感じでした。今までず~っとスポーツはやってきましたが、致命的な怪我は一度もなかったし、対応はどうしたものかと苦慮したものです。ただ、断裂の理由はしっかりと把握しておきたかったのでつらつら考えました。下半身の使い過ぎで疲労が蓄積していたようです。そこに帰結いたしました。4日間のスポーツには、さすがに身体が悲鳴を上げたのだと思います。今、考えればです。

 こういう時はタイミングが合わぬもので、水曜日に断裂、木曜日に大学病院へ行きましたが、診察はしてくれて手術をすると決まったものの、翌週の水曜が手術日ということで1週間待ちということに…。命に別状のない外科治療的なものはあっさりと決められてしまいました。
 全力で突っ張りつつ、突っ走って来たので、神様が休めと指令を出したのだと思います。
 で、入院ということになるのですが、ベッドも空いていないので日曜日にとなりました。仕事の段取りと、時間を有効に使うにはどうするか? ということを週末に考えた訳であります。身の回りの? 整理をしてみると、時間がなくて読めずにいた硬めの書籍がたくさんあるのが判明しましたので、それをすべて読破する生活にしようと考えたのです。20冊くらいはありました。
 術後は時間だけはたっぷりとあります。ボクの身体が持っている自然治癒力に後は任す以外方法はないと担当ドクターに言われましたしね。手術の翌日まではかなり痛かったのですが、それ以降、ひたすら傷口がふさがるのを待つことになりました。
 そこで夜寝る前に読み、朝起きては読み、昼寝の後また読みで、3週間の入院でお見舞いに貰った本を含めると50冊は読んだのではないかと記憶しています。バスケットボールを生業(なりわい)としている関係から、アフリカン・アメリカン(黒人)に関する本をかなり集中して読み漁りました。中で一番印象に残ったのがアーサー・へイリー著の“Roots(ルーツ)”でした。

現在、NBAで活躍している選手の85%はアフリカン・アメリカンの先祖がどのようにアフリカから連れてこられたのか? また、どんな苦労をしてきたのか? どのように自由を勝ち取ってきたのか? が劇的に描かれている名作でした。この“Roots”を読む前と、読んだ後では、自分の中で何かが変わったように感じています。TVで話をする時も慎重に話すようになりました。
その後、病院でベッドに横たわっている時にも常に、いろいろな選手を取材した時の返ってきた言葉が脳裏に浮ぶようになりました。そして、最後には、ボクのRootsは? という所に考えが行くようになっていったのです。ボクの父も、ボクも東京生まれの東京育ちです。しかし祖父は四国の高知県から出て来たと聞いています。それまでも、ごく軽い気持ちでいつかRootsの地を訪ねてみたいと思いはしましたが、現実のものにはなりませんでした。この時、絶対に行かねばならんと決心したのを覚えています。
 
そして、先日6月2日から4日までついに「Rootsを辿る旅」が実現したのです。
 人生の暦が一回りした3度目の成人式の歳にです。
 前置きが長くなりましたが、次回の“なんトラ”にその旅の模様をお伝えしたいと思います。自分なりの決算の旅でした。
 それでは次回の“なんトラ”までSee You!!