プロバスケットボール“bj”の2年間から、何が読み取れるか? – なんトラ81

 bjのセカンドシーズンが終わり、プレイオフの結果も出ていろいろな数字も出てきました。
 記念すべき最初のシーズンはすべてにわたって手さぐり状態だったのに比べ各チームともずいぶんと手馴れてきて、ゲームのスタイルにも特徴が出てきたように思います。
 ここでボクが書くのはチームが勝った、負けたということではなく、どの位リーグとして成長したのか、また外側から見ての熟成度はどうだったのだろうかと言う観点に立っています。ですから順位を正確に反映するものではないということを知っておいて頂きたいと思うのです。なぜなら、bjはスポーツとしてのバスケットボールがビジネスとして成り立つのかどうかという、壮大な実験リーグでもあるからです。大手広告代理店の上級職の方々、また同じアリーナでやるバレーボールやアイスホッケーの団体の方など、皆その結果に対して興味津々なのです。
 それはそうだと思います。バスケだけではなく他のスポーツも生き残りを賭けるにはプロへの道しかないと考えはほとんど一致しているからなのです。
 bjは最初から入場観客数を一桁の単位まではっきりと出していますから、読みやすいのです。その比較をすればひとつのビジネスモデルとして大きな参考になるのは間違いのないところだからですね。正直、ボクも初年度は数字を見ても、それがどのように読めるのか見当がつきませんでした。だからこの“なんトラ”でも数字には触れずイメージ的な言葉で、ファンが喜び、プレイヤーも必死になってやっている、それが反映されているのが見られるのが嬉しい事だ。と、いろいろな所で言い、そして書いてきました。
 しかし今シーズンは違います。はっきりとした数字が出ているので評価基準が出てきているからです。
 2005-06シーズンの6チームの観客動員数は249,337人。平均2,078人でした。
 2006-07シーズンは31,5861人。66,524人の増加です。1ゲーム平均554人増の2,632人となりました。2年目は富山グラウジーズと高松ファイブアローズが加わりましたので実際は399,788人の人々が全国のアリーナに足を運び、平均2,486人という数字が出ています。着実に伸びてはいるのです。
 しかし、まだまだチームが、リーグが健全なる経営状態になるには気の遠くなるような時間が必要です。無理して無理してようやくここまで来ている、というのが本当の所でしょう。どこかで、誰かがやらねばならないという使命感でここまで来たわけです。携わっている方々の努力とその使命感にはただ黙って頭を垂れる以外に方法はありません。
 ボクがお手伝いをしている大分ヒートデビルズが取ったデータに大変面白いものがありましたのでお伝えしたいと思います。全チームがデータを取ったわけではありませんので確信を持っていえるものではありませんが、かなりの考え方の整理と、方向性が見えてくると思うのです。
 観戦者の性別ですが2006年は334人の回答者のうち、男性が111人(33.2%)、女性が223人(66.8%)。2007年は479人のうち男性が164人(34.2%)、女性が315人(65.8%)となっています。
 過去のバスケット経験ですが2006年は333人のうち、経験ありが153人(45.9%)、経験なしが180人(54.1%)。2007年は442人のうち経験ありが146人(33.0%)、経験なしが296人(67.0%)です。そのなかで現在のバスケ活動、つまりやっているかやっていないかということですが、2006年は325人のうち、やっているが72人(22.2%)、やっていないが253人(77.9%)。2007年は435人のうち、やっているが48人(11.0%)、やっていないが397人(89.0%)となっています。
 このデータから考えられることは、バスケットボールは女性のお気に入りのゲームであるということになりそうです。そして、プレイの経験に関しては初年度こそおおよそ半々でしたが、2年目になると経験していないひとが約7分3分で多くなっています。現在の活動状況は90%近くが圧倒的にやっていない人が多いということが判明したわけです。
 bjは完全に新たな顧客層を開拓したといえるでしょう。会社、学校の動員に頼るJBLとは違った道を歩んでいることがはっきりしたのです。
 しかし、何度も繰り返すことになりますがまだ2年目、よちよち歩きのリーグ、これからも大変なことが山積みの状態です。観て、面白いということは保障できるようになりました。できればこの“なんトラ”を読んでおられる読者の方でゲームを観れる環境にある方はアリーナにいってみてください。その行動のみがバスケットボールが日本でも文化として定着する方法なのです。
 比較すること自体が非常に無理があるのは承知でNBAの観客動員数のデータをお伝えしましょう。
 2005-06年のデータです。30チームで1,230ゲーム。観客動員数は21,595,804人、平均17,588人。チーム数で1/4弱、試合数1/10、1/30のリーグ経験の差でこういうことになります。目標は高~い、高~い所にあるのです。
 こんなことも知っておいてください。

 それでは次回の“なんトラ”までSEE YOU!


bjホームタウンレポート富山編

実に3ヵ月ぶりの更新です。お待たせしてしまい、ごめんなさい(ペコリ)。何人かの方から「更新まだ?」と言われ、「こんな駄文でも見てくれている人がいるんだなぁ」と改めて認識した次第です。本当にありがたい話です。もっと頑張らねば……
さて、bjリーグの2年目もあっという間に終わってしまいましたが、僕が今シーズン開幕の時に「今年も全てのホームを見に行く!」と宣言したことを覚えていらっしゃるでしょうか?
昨年は全6チームのホームゲームを見ることができました。それで「今年も」と思ったのですが、今シーズンはいろんな意味で遠征する余裕がなく、東京・埼玉以外で行ったのは高松と大阪が各2試合、ファイブスターキャンプ@佐野のついでに足を伸ばした山形(仙台ホーム扱い)が1試合。毎年最低でも3回は行く新潟にも1回しか行けず、大分のホームゲームはついに行くことができませんでした(島本さんゴメンナサイ)。
で、残るは富山。実は昨年4月の別府遠征の際に富山のスタッフと食事会で同席していて、「必ず行く」と宣言していたので行かないわけにはいきません。しかも同じ新規参入組の高松には既に行っていますから、なおさらです。3月31日と4月1日でレギュラーシーズンは終了。その両日が富山での試合ということで、このチャンスは逃すことはできませんでした。この旅がちょっとしたハプニングのオマケつきになることは、もちろん僕も知りません。

当日、試合開始が午後6時30分ということで、僕は午後1時頃に家を出ました。大宮駅から新幹線に乗り、越後湯沢でほくほく線という路線の特急金沢行きに乗り換えです。おおむね順調……のはずでしたが、当初乗る予定だった特急は僕の勘違いで既に出発していて、次の特急まで1時間待ち。あちゃー、やっちまいました。
でもこれだけでは終わらないのです。1時間待って乗った特急が強風のため徐行運転、さらに黒部と魚津で計1時間ほど停車。富山市総合体育館に着いた時には、試合は4Q残り4分59秒(オフィシャルタイムアウト中)でした。取材する試合に遅刻したことは何回かありますが、一番遅れた時でも2Q残り7分くらい。ここまで遅れたのはさすがに初めてです(-_-;)
こうなったらもうスコアをつけてもしょうがないし、なんかぐったりしてしまってスコアをつける気力もそもそもありません。残り5分はメモも取らずただ観てるだけ。一応記者会見には顔を出しましたが、なんせ試合をほとんど観ていないので会見で喋っている内容も理解できません。一体僕は何をしに来たんでしょう(爆)。

気を取り直して、翌日。この日がレギュラーシーズン最終戦です。10時にホテルをチェックアウトし、体育館の近くまで来てみると、どうやらこの一帯は体育館以外にもいくつかの施設が集まっているようです。脇には川が流れ、水辺はきれいに整備され公園になっています。どの建物も新しくて立派です。富山駅は大きいターミナル駅とイメージしていましたが、そこから徒歩5分の位置とは思えないのどかさ。駅の南側はそれなりに都会ですが、北側はすごくゆるやかに時間が流れている印象です。
いざ体育館に到着し入口を入ると、既に300人は並んでいました。その列のすぐ横に、バスケ選手の銅像を発見。胸には「TOYAMA」、背番号は23。誰かモデルはいるのか? いないとしたら23番ってのは安易でないかい? そもそもなんでバスケ? などとくだらないことを考えながら、食料調達のために一旦体育館を出ました。この時点で列は500人くらいに伸びて、館外にはみ出ています。
体育館から一番近いコンビニもこの日はさすがに混んでいて、店を出るのに20分はかかりました。そして体育館に戻ってみると、統一地方選挙の時期とあって、県議だか市議だかの候補者が建物の脇で街頭演説を始めていました。面白かったのは、スタッフが着ているジャンパーがよりによってこの日の対戦相手・新潟のオレンジ! で、演説を聞くと「我々、オレンジを着てはいますが、こよなく富山を愛しております!」……う~ん、どこか説得力に欠けます(笑)。
さらに聞いていると「私は学生時代、サッカーや柔道などいろんなスポーツをやっておりました。もちろんバスケットも大好きです!!」……本当かなぁ(爆)。それでも、「県内初のプロスポーツチームとして、グラウジーズには富山を盛り上げていただきたい」という言葉を聞いて、「ここを選んで来てくれたんだからありがたいじゃないか」と思いましたね。お名前は失念してしまいましたが、当選できたのかどうかちょっと気になります。
体育館の入り口まで来ると、列はさらに伸びています。こりゃ1000人近くいるかな。結局開場は当初の予定通り12時でしたが、少し繰り上げてほしかったですね。昨夜降っていた雨も上がり、寒さもそれほど感じなかったのが救いです。

そんなこんなで、いざ試合。大黒柱#3ジェロッド・ワードはもちろんのこと、この日は#17ネイト・ジェームスも獅子奮迅の活躍で、前日勝った勢いそのままに、リーグ最少失点を誇る新潟から前半47点を奪い、13点リードで折り返し。最大で17点リードし、4Q残り7分を切ったところで#13米本聡の3ポイントが決まって10点リード。富山のホームゲームとして過去最高の3702人の観衆は、そりゃあもう大変な興奮状態です。
しかし、その直後にチームの顔とも言うべき#1呉屋貴教がファウルアウト。これが合図になったかのように新潟の逆襲が始まりました。インサイドの要#21ニック・デービスに加え、前半集中力を欠いた#44ジャック・ハートマンがガンガン走ります。サイズのある2人に走られては富山もたまりません。リバウンドを取ったデービスのタッチダウンパスでハートマンがダンク、3分強の間に13-0という猛攻でついに逆転しました。富山も必死に食い下がるものの、最後はファウルゲームのフリースローをハートマンがしっかり決め、新潟の勝利。
負けたとはいえ、この日の富山ブースターの熱狂ぶりは素晴らしいものでした。試合後のセレモニーでは、キャプテン#33根間洋一が「良い経験をしたし、いろんな人に出会ったし、富山が好きになったし、充実した1年でした」と言えば、福島雅人HCは「皆さんの思いを背負って、来年も戦っていきます」と力強く宣言して拍手を浴びました。グラウジーズは元々7年ほど前から地域に貢献する活動をしていて、クラブ選手権優勝やオールジャパン出場などチームとしての実績もあるチーム。その地道な活動が生きたのか、しっかりと地域に根を下ろしたチームになっていることは、この日の体育館の様子で十分に理解できました。

ところで、この最終戦を前に、アトラスコーポレーションがメインスポンサーから撤退するという報道がありました。そんなこともあってこの最終戦終了後には河内敏光コミッショナーも駆けつけ、アトラスコーポレーション泉俊光代表の記者会見も設定されました。その泉氏曰く、「撤退はするが、種はまけたんじゃないかと思う。これからは富山県民の一人ひとりがグラウジーズを作っていってほしい」。その通りです。報道を受けて、“チーム解散の危機”と解釈した人も中にはいたようですが、東京や大阪のような大都市じゃなくてもプロ1年目に3700人を記録できたんだから、富山は大丈夫。
次のシーズンも富山に行くぞ~~~!!


気が付いてくれれば嬉しいんだけれど…。 – なんトラ80

連休前半の休みには予定が何もなかったので、読みたかった本やふだん会えなかった人に会えるという、結構充実した日々を過ごせました。こんな時はなんとはなしにつらつら考えることもできるもので、いろいろ気が付くことも出てくるものです。
 まず、日記を書くことが続いているのはどうもMIXIの影響かな? と思うようになりました。というのは、何人かの若者の日々の行動を書いた日記を見ると非常に肩の力が抜けて書いているのに気が付かされます。ボクは何時も原稿を書くという意識で文章を紡ぐのですが、どうしても過剰に読み手を意識してしまいがちな自分に気がつくことが多いのです。 
 ところが皆さんの文章を読んでいると、ほのぼのとしていたり、言いたいことははっきりと言っていたり、若さあふれる口語体の文章で笑わせてくれたり、なかなかのものなのですね。すごく勉強になります。自分ではWEB上で書くことはしませんが楽しませて貰っています。
 そんな形がボクにもノリ移ってきているのでしょう。だから続いているんだって、最近思うようになってきました。人に読ませるものではないんで結構はっきりと自分の思いは書いていますけれどね。

 さて、4月の21、22、23日とMLBのNY対ボストンのゲームがありました。その時、レッドソックスのユニフォームがグリーンだったのでビックリしました。始まった時にチラッと見て用があったので続けては見なかったのですがすぐ「はは~ん、そうか。やはりアメリカン・スポーツは味なことをやりおるわい」と思ったものでした。
 後でしっかり見た友人に聞いたら、アナウンサーの方が「有名なバスケットのリジェンドが急死したので、それの追悼の意味でグリーンのユニフォームに…」と言っておられたようです。でも、日本でMLBを見ておられる視聴者は松坂大輔投手のことだけしか気にしていないだろうし、バスケには興味はないだろうし、分からんだろうなと思ったのです。
 1984~87年まで4年連続でNBAファイナルに出場したボストンにあって、メインガードとして活躍したDJことデニス・ジョンソンを悼んで、ユニフォームをグリーンにしたのです。ボストンには4大プロスポーツがすべてあり、フットボールがニューイングランド・ペイトリオッツ、MLBがレッドソックス、ホッケーがブルーインズなのですが、歴史的に一番強かったのがボストン・セルティックスなのです。故にこんな形の讃えかたをするのです。東海岸のスポーツファンはもとより、アメリカ全体が理解していると思います。素敵ですよね。

 また、bjのファイナルが4月22日に行われました。大阪エヴェッサがルーキーチームの高松ファイブアローズを破り連覇を遂げました。
バスケットボールでは優勝するとネットカッティングというセレモニーを最近するようになりました。もう、この後は試合がないのでそのリングについているネットを記念に皆で切って持ち帰るのです。写真を撮るときなどそのネットを首にネックレスのようにかけて喜びを表現します。大体一番活躍したプレイヤーが最初に切り始め、最後はヘッドコーチが残りすべてを切るような習慣になっています。
しかし、ここにも日本とアメリカの細かい違いが垣間みられるのです。アメリカ人プレイヤーはネットを切るともう一度はさみを入れ5cm位の切れ端を持って帰ります。日本のプレイヤーはただ切るだけ。持って帰りません。
アメリカでバスケットの大好きなファミリーを取材したことがありますが、当然子どもたちもやっていましたが、その子の部屋にはジップロックみたいな袋に入ったネットの切れッ端が、誇らしげに飾ってあったことを思い出します。その脇には優勝後の記念集合写真がありましたがその切れ端をかじったり、タバコを吸うような感じで人差し指と中指にはさんでポーズしているプレイヤーが写っていました。これなんですね。

こんな2つのシーンを見てもいろいろなことが読み取れるのです。
スポーツは文化だと言われていますが、まだまだ先達の国から学ぶことは多いようです。
こんなことに気が付いて話題に上るようになった時、日本のスポーツ文化がはなひらくときでしょう。
そうそう、エヴェッサは優勝の報告のため、首相官邸に安倍総理大臣を表敬訪問したそうです。バスケもがんばっているよ、と言うアピールにはすごい効果だと感じます。どんどん積極的にやればいいんです。

今回は、気が付いていてくれると…、と言う思いで書いてしまいました。連休後半は5月2日から第4の全国大会といわれる能代(秋田)カップの取材で勉強です。5日までフルに会場に居りますので“なんトラ”をお読みの方で気が付かれたらお声をおかけください。

それでは次回の“なんトラ”までSEE YOU!