カラオケとインターネットの類似性 – なんトラ116

 ここのところ、ちょっと時間があるとあまり意味もなくインターネットをサーフすることがあります。今まで時間に追われてばかりいましたもので、効率良くとまで考えてはおりませんでしたが、そのようなことはあまりしませんでした。
 でも、してみると面白い。けっこう雑学派にはいろいろと参考になることがあることが分かりました。しかし、このネットの世界は書きっぱなしが多くて裏付けが取れないことが当たり前のようで、文章を書くのを生業にする人間にとっては危なくてしょうがない面も多々噴出してくるようです。
 ようするに最終的には書かれている方の姿勢とか、書き口をじっくり見たり、他にどういうところに書かれているのかなどというのを、判断の材料にするしかないようなのです。これは私だけが感じているのかと思っておりましたら、出版関係にたずさわっっている仲間はほとんど同様なことを言っておりました。

 さて、一昔前までは原稿を書くということは、書くことが好きな人間つまりライター志望であるか、作家志望の人間。または、新聞記者や、その道のオーソリティーくらいのものだったと思います。
 ところが、今の世の中はインターネットというメディアが出没してきたおかげで、皆さんが書くことにすごく慣れて来ていると感じます。そう、文章を書くという大変な苦労をいとも簡単にこなしてしまうのですからボクから見れば驚嘆です。ブログが流行っているのはその流れからなのでしょうね。
 これはなんか“カラオケ”が出てきた時の状況に似ています。カラオケ以前は歌の上手い下手がはっきりしていて、人前で歌える人間と、歌えない人間が明確に分かれていたように思うのです。しかし、ガラッと変わりました。誰でもが人前で歌うことが多くなって訓練されたのでしょう、すごくレベルがあがりました。大げさに言えば日本人の歌唱力をかなりアップさせたと思います。歌うということに対する忌避感や嫌悪感をなくさせるのに大きな効果があったと言えますし、人前で歌う気持ちよさや恍惚感をも開発してしまったのではないかとさえ思います。
 インターネットも同様でしょう。書くということに対する障壁をかなり低くしてくれていると言えそうです。バスケ好きの集まるわがHOOPHYSTERIA(フープヒステリア)というサークルは全国に200人くらいメンバーがおりますが、月一で12Pのささやかな会報を発行しています。そこに書かれているのはメンバーの皆さんで、プロの書き手はたった一人だけなのです。良くここまで調べたなぁ、と思う面白い原稿ばかりがメールで送られてきます。
 彼ら、彼女らも最初はネットで調べて書くだけだったようですが、だんだん不安になっていろいろと資料を集め始めているようです。
「書く前に調べないと不安で仕方なくなって、古い資料を実家に帰って集めてきましたよ」
などという著者も出てきています。
ここまでくればもう、立派なプロの書き手ですね。

ボクなど今でこそ“なんトラ”にも書かせていただいていますが、そもそものスタートは編集者です。面白いことを書ける人を発掘するのが仕事でしたから、自分で書こうなどとは露ほども思っていませんでした。
でも、企画を実現しようにも、
書ける人がいない。
書いてくれる人がいない。
どうしよう。
じゃあ、自分で書く以外にない。
やらざるを得ない。
ということで、入りたくないのに(?)書く世界に入ってしまったのです。

今でもつくづく思います。ボクにとって原稿は読むものであって、書くものじゃない。ってね。
とは言ってもここまで読んでいただきありがとうございます。なんとか“ゼ~ゼ~”いいながらでも、これからも頑張る所存でございますのでよろしくお付き合いくださいませ。次回の“なんトラ”までごきげんよう。