インターナショナル・マンス – なんトラ88

 10月の上旬、結婚式に出席するためドイツのミュンヘンに行ってきました。
我が家の下の息子がホームステイの交換プログラムに参加していた関係で15年前にミュンヘンのシュルツ・ファミリーにお世話になったのですが、そこの妹のインカが結婚すると言うので招待されたのです。このような機会はボクの人生でもめったにないことだと思ったので喜んで受けさせていただきました。

この交換プログラムは、こちらから行きっぱなしで終わりというものではなく、まず日本側が約1か月ミュンヘンでお世話になると、翌年、ドイツのシュルツ家の長男のウインフリード、通称ヴィニが1か月我が家に滞在するという、なかなか良くできているものでファミリー同士のキャッチボールが出来るのです。行く前はそれぞれのプロフィールの交換もあるのでベーシックな家族構成などは分かるのですが、1、2度手紙を出しただけでした。しかし、息子が帰ってくると、お世話になったということもあるのでかなりの数の手紙のやりとりをするようになります。拙い英語で一生懸命に書いていました。
ふだんは何度言っても礼状など書く子ではないのですが、言わなくても書いておりました。「どんな教育をほどこすよりも、旅というものは人間を成長させる」と先人は言っておられますが、それを親としても実感させてもらいました。
そして東京にヴィニが来て1か月我が家に滞在しました。
彼がミュンヘンに帰ってからますます深いファミリー同士の付き合いが始まりました。クリスマス、誕生日のお祝いなどのカードやプレゼントの交換はお約束といえます。でもこちらの英語はひどいものだったと思うのですが、支障はなかったようです。ドイツも日本も第二外国語ですからね。

2年後、シュルツ家はお父さんを交通事故でなくしました。お母さんのハイジはかなり憔悴し落ち込む日々が続いていたようです。それを見かねた妹のインカはお母さんに、気分を変えるため日本に行こうと誘ったのです。彼女も同じ交換プログラムでアメリカのサンフランシスコに行っていたことがあります。異なった国に行けばそこの習慣などに対応するだけでも確実に気持ちの変化が出来ると体感していたのでしょう。
そして来日しました。10年前の春のことです。もちろん我が家が出来る最大級の歓待をしたことは言うまでもありません。その間、ご主人のことはわれわれもひと言も触れませんでした。
明日ふたりがドイツに帰るという夜、うちの奥さんに向かってハイジが、
「お花をありがとう。私の親戚や友人の誰よりも早く日本から届いたわ。近くの親戚より遠く離れた日本の友人から届くなんて……。ほんとうにありがとう。」
と言ったのです。以後、ますます付き合いは深くなりました。

それが、今回の結婚式の招待に繋がったのでしょう。
式はオーストリーのキッツビュールで行われました。有名なスキーリゾートで世界選手権なども数回行われていたと記憶しています。以前はキッツビューエルといっていました。  入籍(?)は11時から。町の役所で親族の前でサインをするだけの簡単なものでしたが、終了後、ホテル併設のゴルフ場のクラブハウスでウェディング・ケーキの入刀と軽い食事で祝います。披露パーティーは30分ほどの距離にあるアルプスの山頂にあるレストランで5時から。まだ明るかったのではるか下のほうに町が見える“Almost Heaven(ほとんど天国)”というロケーションです。そこで夜を徹してお祝いします。
ホテルに帰りついたのは朝の3時をまわっていましたっけ。初めての体験でしたが大いに楽しみました。外国での結婚式の初体験でした。

さて、僅か1週間のヨーロッパ滞在で日本に帰ってきました。
普通であればもう1週間位ゆっくりしてくるのですが、やはり我が家にステイしていたイタリアのフィレンツェのエレーナファミリーが日本に来るということで帰ってきたのです。エレーナの弟のジュリオの奥さんは金子琴美さんという日本人の料理研究家ですが、2人の結婚式のためご両親も来るというので帰らざるを得ません。これが“僅か”の理由です。
内々のお祝いにお呼ばれすることほど光栄なことはありませんから、こちらも本場フィレンツェのマンマの作るイタリアンをワインとともに賞味させてもらいました。お父さんのマルコは出版社に勤めていただけあってお話好きの、とびっきり明るい人。2歳先輩ですが職業が同じということもあって、フィーリングもバッチリ合いました。ワインを1本空けた後、持って行った新潟の地酒の1升瓶をパパとエレーナのだんな様、弟のジュリオの4人で飲んでしまいました。ボクを含めてよく飲むやつらだと女性陣はあきれておりました。4人とも「Buono! Buono!」「kanpai!Kanpai!」の連続の楽しい一夜でした。

1日空けて次の日。以前よりファイブスター・キャンプのコーチをしてくれているカナダ人の英会話の教師のバリーからBBQに誘われていたので、うちの奥さんと、日本に留学中のアンジェラを誘って行きました。アンジェらは以前にも書きましたがUBC(ブリティッシュコロンビア大学)の卒業生。話が合うのではとコーディネイトしたのです。ちょうどお母さんとお姉さんも日本に来ていたので、話はいやがうえにも盛り上がりいっぺんに仲良くうちとけていたようです。
このBBQ、ボクはワインとさんまを持っていきました。ステーキカントリーの人間は肉ばかりと思ったのでね。大好評でした。最初はしり込みしていたバリちゃんも(奥さんのお母さんがそう呼んでいました)バリバリやっていました。

食べること、飲むことがあれば、しゃべることはなんの障害もなしです。これこそ本当の“No problem!!(ノープロブレム)”です。
10月は楽しい、ハッピーなインターナショナル・マンスでした。皆さんもチャンスがあったら逃げないでトライしましょう。絶対に楽しめること請合います。

それでは、次回のなんトラまでSEE YA!