バッシュ

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ちょっと前に10年ぶりくらいにうちの倅の小学校時代の後輩から親のボクに電話がありました。ず~っとバスケをやっていた子なんだけど、ナイキから出るスラムダンクのmjのシリーズを何とか「手に入れたいんです」が、ということ。「最後の砦です」なんて言ってた。バッシュは好きで良く履いているけれど集める趣味はないからなぁ。26.5だそうだ。

彼はMJシリーズだけを集めているようだが、約200足くらいになってしまったと言っている。こういうのって途中で止められないんですよね。それは分かります、けど・・・。箱も捨てられないだろうしね。

どうしたらいいんでしょうかね。買うのも抽選らしいけど、手に入れてあげたいけど無理だよね。

当たった人。分けてあげて~!。


お医者さん関係が1500人も集まっちゃった。日本は大丈夫か?-なんトラ196

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話は2年前にさかのぼります。衛星放送のWOWOWが2011年11月23日に朝から晩までマイケル・ジョーダンの映像を流す企画をやりました。タイトル名は“マイケル・ジョーダンの日”たしか朝8時から背番号にちなんで夜23時までだったと記憶しています。
それこそいろいろな手法を使ってMJを料理? しました。その時点では、なぜこんな思い切った企画ができるのだろう、と思ったものです。考えてみると3つの理由が浮かび上がってきます。

1つ目はそれまでNBAの権利を持っていたJスポーツがその権利を手放し、違う局でやっているんだぞと言う差別感を出すためというものがあったのでしょう。

2つ目はWOWOWは個人から視聴料を取るにあたって、バスケ好きにとっては絶対的な人気を誇るジョーダンのパワーを使って一気にファンをあつめてしまおうと言うこともあったと思います。マイケルの現役時代を知る年代、30~40代がこの際、契約をしてくれるように考えたのではないか? と思われます。

3つ目は円高の効果です。いまでこそ円は100円近辺を行ったり来たりしていますが、当時2011年頃は80円を割るかどうかという時でした。この20円の差は大きい。外国から買うものはすべて2割引なのですから、映画であろうと、スポーツであろうと外国ものの素材が多いWOWOWにとっては言うことなしの時でした。
TV業界の事情通に言わせると“WOWOW一人勝ち”という表現をしていました。なんとなく納得したものです。

さて、MJを料理する方法の1つとしてパソコンに動画を流す新しく注目を集めていたUストリームという新しい手法も使ったのです。渋谷の公園通りのスタジオにファンを集め、MCの方(名前を忘れました)と芸人であり、一橋大の講師も勤めているサンキュー・タツオさんらとMJについて語る2時間ほどの番組でした。そこに来ていたファンの一人がお医者さんであり、日本医師バスケットボール大会の役員をすることになっていたWさんだったのです。

収録が終わったあと彼が話しかけてきて、MJの話をひとしきりした後、その大会の存在を知る所となりました。もちろん、医学生たちのリーグ戦や全国規模の東医体(東日本医科学生総合体育大会)や、日医体(日本医科学生総合体育大会)のバスケ大会があることは知っていました。最初はその大会か? と思ったのですが、聞いていくうちに現役のお医者さんがゲームをするというのですから、俄然興味がわきました。それも、約1500人位のお医者さんが1か所に集まるというじゃありませんか。

真剣に勝負にこだわるVリーグ、バスケを楽しむEリーグ、そして女子のLリーグ、90チーム以上の出場が見込まれるということでした。11月2、3、4日の3連休に行われ、3日夜に“レセプションで短くて好いからスピーチを”ということでした。
NBAの話ばかりでなく、今ボクが関わっているいろいろなバスケに関する活動の話をして欲しいと言うことだったのでお受けしました。世の中に影響力のあるお医者さんたちが少しでも興味を持ってくだされば、草の根のレベルでの広がりが期待できようというものだからです。

3日に試合を見ました。ゲームはどの試合も白熱して、レベルはかなりのもの。皆、一生懸命で日ごろの運動不足を補うかのように動いていました。そして試合が終わると皆汗いっぱいの晴れ晴れとした顔になっています。
20代、30代の方々のプレイは普通の市民大会レベルの動きですが、僕が興味を持ったのは40台オーバーのプレイ。さすがに継続されている方々が多いようで見事なプレイが随所に見られました。こんな元気なお医者さんに診察してもらえれば治療とともに元気ももらえるのではと感じたものです。

超OBは70代、いつまでも続けて欲しいと思ったのはボクだけではないでしょう。そんなOBの方が面白い表現をされていました。
「島本さん、われわれは常に患者をみていますが、病気はなんとかなる、治せるんですよ。でもね、癖(へき)はなおせない。ここに来ている連中は難しいですね」。
という言葉は、その夜のレセプションでも大いに発揮されておりました。ちょうど同時期に愛知の一宮で40歳以上のシニアバスケの全国大会の八幡カップが行われておりましたが、そちらに出られてから医師バスケ大会に馳せ参じたという猛者もおりました。
バスケに取り付かれた人を、ボクは今まで“病気”と表現していましたがこれからは“癖”ということにしようと思います。
良い癖だと思っていますのでそんな方々とせいぜい仲良くさせていただこうと思った第22回全国医師バスケットボール大会の取材でした。

それでは次号の“なんトラ”でまたお会いしましょう。

後の話があります。
レセプションの時に「是非、能代に!」とお誘いしました所、去る7月5、6日に岡山、兵庫、東京、千葉から12人のドクターが来てくださいました。お忙しかったろうに、本当にありがたいことです。これで突破口は開けたので、毎年出来たら楽しいんですが。相談しながら進めると致しましょう。


疾風怒涛の10日間‐なんトラ195

9月29日はスポーツ祭東京2013(多摩国体)の競技第1日目。ボクの住む日本で2番目に小さな市の狛江でもバレーボール少年男子、つまり高校男子の大会の2回戦まで、10試合くらいを行いました。
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1973年の月刊バスケットボールの創刊に関わって以来、国体の取材は毎年しておりましたが、今大会は役員というお役目、これは初体験。興味津々で務めました。
本番2年前から約20回以上のミーティングがありました。式典委員会というところに所属して不慣れながらもいろいろと話し合ったものです。ともあれ非常に良い体験でした。

ですから当日はなにもやることはないけれど、行かなければならないという状況に置かれました。全国各地でやっていた、どこにでもある国体の風景が我が家から自転車で2、3分位の所にあるというのは非常に不思議な感覚でした。それだけでは面白くないので役員ではなく報道で入ってみました。どのようなサービスをするのか体感したかったからです。プロの必要とするチームのデータは不完全でしたがそれなりのボリュームがある資料を渡されました。選手の身長・体重くらいは入れておいて欲しいものです。

じっくり観たのは香川対神奈川の一戦。神奈川が2-0で勝ったのですが迫力十分、高校生は良く跳ねるし、良く動く。見ているだけで気持ちがスカッとします。やはりスポーツはアリーナに出掛けて行って生で見なければいけない、ということを再確認いたしました。
通常はプレイする場としての利用しかない狛江市民体育館もアリーナにスタンドが組まれ、非日常の空間となっておりました。
普段はあまり体育館に用のなさそうな方々が見に来られていました。市の広報紙で見て、出身の県のチームが出場するからということで見に来られたママもいるなど、中々良い、素敵なシチュエイションでした。

この“なんトラ”を読んでくださっているスポーツ好きの方も、おそらく近くでやっている競技を観られたと思いますが、バスケットボールだけでなくどんなスポーツでも結構、楽しいものです。その種目の全国的にもハイレベルのスポーツを見て感じることが出来るという、身近にある贅沢ですね、これは。

当たり前のことですがバスケットボールも観に行きました。沖縄・前原高校の安里幸夫先生からも連絡を頂いており、10月4日の初日に立川市泉体育館での沖縄対東京の一戦を観戦いたしました。この5月の連休の能代カップのご縁です。
東京の平均身長が185cm、沖縄の最高身長が187cm、160cm台の選手も2人いるという、高さでは圧倒的差がありました。1978年の山形インターハイの辺土名旋風(160cm台のちびっ子軍団でセンターが170cm台で第3位)を期待しましたが、東京は地元でした。多くの応援とともに隙がなく、大差での敗戦となってしまいました。
試合終了後、安里先生にお話を聞きに行った時には「明日帰ります」という話だったのですが、台風で飛行機が全便欠航になってしまったのです。
そこでボクは提案しました。「もし差し支えなければ、法政大学の多摩キャンパスで練習しませんか?」…と。
先生も考えておられたようです。このまま、あくる日も観戦して、翌日帰るのでは選手たちも気が晴れないだろう、何か良い手はないかと。そこに乗っていただけたのです。
5日の法政クラブのバスケ教室に沖縄の国体高校代表チームが全員来てくれました。小学3年生から中学2年生までの約40人に高校生12人。人数の迫力がすごかった。小学生の子どもたちも中学生も、憧れの目で高校生のプレイの一つ一つを見て、一生懸命吸収していたようです。一緒にプレイしつつ教える高校生も楽しかったようです。
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コーチという存在はいかに子どもたちに刺激を与えられるかにかかっているのではないかとボクは思っています。そんな意味ではボクの方は当然としても、安里先生も教え子たちに刺激を与えられたのではと勝手に思っています(すみません)。
普通の子どもたちにとってトップレベルの技術を目の前で見ることは稀なこと、さらに直にいろいろコツも教わっていたようでした。
最後は選手たちにサインをして貰ったり写真を撮ったり、みんな感激していました。法政クラブの子どもたちにとって一生の思い出になったに違いありません。
HCの安里幸夫先生、ACの竹元一郎先生、安谷屋健太先生の太っ腹のご英断に感謝です。本当にありがとうございました。

それでは次号のなんトラまで御機嫌よう。