JBLホームタウンレポート・栃木編

前回、田臥勇太選手のリンク栃木ブレックス入団をお伝えしましたが、今回も引き続きそのブレックスの話題です。 栃木といえば、bjリーグに参入するとかしないとか、いろいろ噂はあったんですが、結局大塚商会からのJBL参加資格譲渡で2部にあたるJBL2に参入したのが昨シーズンのこと。レギュラーシーズン3位ながらプレイオフで千葉ピアスアローバジャーズを破り、優勝を果たしました。そして今シーズン、オーエスジーのbj転籍で空いた枠を埋めるために1部昇格。能代工業高の加藤三彦監督をHCに迎え、前回の話のとおり田臥選手獲得にも成功して、いよいよトッププロチームとしての歩みを始めました。

僕も、チームができた当初から取材に行きたいと思っていたのですが、昨シーズンは浦安でのプレイオフセミファイナルを1試合観ただけ。話題性のあるチームにもなったことだし、今シーズンは必ず観に行こうと思ってそのタイミングを探っていたところ、どうやら11月22日がチャンスだということになりました。相手がレラカムイ北海道というのもちょうどいい。

ところがところが、シーズン開幕からわずか10試合で加藤HCが解任。選手との間にコミュニケーション上の問題が生じたとのことですが、簡単に言えば対立したってことですね。そんなのはどのチームでも起こりうることだと思うので、その見切りの早さには驚きました。まあプロですから「高校の先生という安定した仕事を辞めてまで来た人を、しかも3年契約しておきながら、そんなにあっさり切るのは冷たいんじゃないか」という考えは通用しませんが……ともあれ、高校界の名将がJBLでどんなバスケを見せるのか、「大人」である選手達をどう引っ張っていくのか、そして田臥をどう生かすのか等々、見所が多かっただけに、観られずじまいだったのが残念でなりません。

そして11月22日。ようやく栃木のホームゲーム初取材です。場所は鹿沼、フォレストアリーナ。前にも行ったことがあるんですが、ここは駅から遠いということもあって、車で向かいました。試合開始約1時間前に到着。アリーナの駐車場に止めてはいけないというので対面の運転免許センターの駐車場に行きますが、約300台収容(思いっ切り推定)にもかかわらず既に満車です。うーん、やはり田臥効果か。相変わらず大した集客力です。ちなみに、結局車はアリーナの駐車場に止めました。だったら最初から開放してくれればいいのに(爆)。

入口を入ると、早速ブレックスのレプリカユニフォームを着た人が視界に入ってきました。それも、1人や2人ではなくパッと見渡しただけで5、6人。これがbjなら、レプリカは普通に売っているんですから驚くこともありません。JBLではレプリカ自体がなかなかお目にかかれないわけで、背番号と名前が入っていようものなら、それはもうほぼ確実にその選手の家族です。ブレックスがプロチームだからこそ、レプリカを着る人も普通にいるわけです。

階段を降りてアリーナへ。客席は既にほぼ満席です。そんなにキャパが多いほうじゃないとはいえ、これだけギッシリ入っているとJBLの試合会場という気がしません(爆)。そう感じた時点で、ブレックスはプロとしてしっかり地域に密着した活動をしているということでしょうか。単なる田臥人気かなとも思いましたが、そうでないことは後でわかります。
試合開始前には、鹿沼市長が挨拶。昨年までオーエスジーが毎年必ず試合をしていたのに、「JBL初開催」とキッパリ。これはチームのスタッフがあらかじめ入れ知恵しておくべきでしたね。

さて、いよいよ試合開始。加藤HCに代わって指揮を執るのは、トーマス・ウィスマン氏。今はなきいすゞ自動車で小浜元孝監督の右腕だったお方です。個人的にはトム・ワイズマンという呼び方のほうが馴染みがありますが、どっちが正しいんでしょうか。ま、それはともかく、前週の初采配は東芝に連敗。ホームで新体制初勝利といきたいところでしょう。
1Q、川村の3ポイントでブレックスが先制すると、田臥も2本続けてジャンプシュートを決め、ブレックスが波に乗ります。最初の3分くらいは打ったシュートほぼ全部入っていましたね。1Qは25-18で、ブレックスが幸先のいい立ち上がり。

2Qも、田臥が躍動感のあるプレイで活躍します。この日はダブルクラッチのレイアップあり、ナイススティールあり、ビハインドザバックパスのアシストありといった具合に、ブームを巻き起こした高校時代をフラッシュバックさせる動き。加藤HCの前ではここまで良い動きはできていなかった(といってもTVで1試合観ただけですが)のに、皮肉なものです。そんな田臥がチャージングを吹かれた場面では、会場中からブーイング。微妙な判定だっただけに、田臥も結構執拗に抗議していました。

その直後、桜井良太の速攻に対して大宮宏正がしっかりコースに入ったように見えましたが、今度はディフェンスファウル。そりゃもう大ブーイングなわけですが、これだけのブーイングが出るということは、チームを応援しに来ている人が多いということ。特定の選手目当ての人は、いくらその選手に不利な判定でもブーイングまではしないと思います。せいぜい審判を野次る程度。チームを応援しているからブーイングも出るのです。

ちょっと話がズレてしまいましたが、不可解な判定に発奮したのか、大宮が連続7得点と活躍。栃木出身の選手とあって、大宮が得点するとベンチも客席も盛り上がります。最後はランディ・オアーがブザービーターで3ポイントを決めて、52-41で折り返し。

後半に入ると、形勢はガラッと変わります。といっても点差はさほど変わらず。何が変わったのかというと、審判の判定です。前半はややレラ寄りかなという感じでしたが、後半は完全にブレックスびいき。全部挙げるとキリがないので、一番酷かったのだけ挙げておきましょう。オアーがボールを持ったまま(たぶんジャンプシュートを打とうとして)ジャンプ→マークマンがシュートチェックに跳ぶ→ブロックされそうだったのでパスに切り替える→パスを出す相手が見つからない→ボールを持ったまま着地→3人の審判全員スルー。この時の北海道・東野智弥HCのリアクションは、プロ野球みたいに珍プレー好プレーの番組があったら必ず出てくるでしょう。

あまりにも審判が酷すぎたせいか、後半の試合内容はあまり覚えていません。ただ、4Q半ばに4ファウルでベンチに下がっていた田臥が残り2分あまりでコートに戻って、6秒でファウルアウトしたのは覚えています。この日の審判は、ブレックスびいきだけど田臥はあまり好きじゃないんでしょうか(笑)。

ともかく、試合は93-82でブレックスの勝利。ゲームMVPを選ぶとすればやっぱり田臥でしょうか。でも、川村もサラッと19得点を挙げているし、オアーや大宮の活躍も目立ったし、伊藤俊亮や田中健も地味ながら良い仕事をしていました。それと、このチームのキーマンは竹田謙です。

ところで、初勝利を挙げたウィスマンHCですが、試合中は超冷静な姿が目立ちました。不可解な判定でベンチからコートに飛び出そうとした選手を抑えたり、やはり判定に納得のいかない田臥らをなだめたりと、他のチームとは立場が逆転してます(笑)。会見でも「自分のスタイルとして、ジャッジにはあまり抗議したくない」と言っていました。JBLで唯一の外国人HCということもあり、今後どんなコーチングスタイルを見せてくれるのか、楽しみにしたいところです。

そうそう、ここまで書くのを忘れていましたが、この試合のMCはMC SEKIでした。知っている人しか知らないと思いますが(当たり前だ)、新潟アルビレックスで6年間専属MCを務め、bj設立時には他5チームを回ってMC指導をした人。日本におけるバスケMCの先駆者であり、個人的にはMCといえばSEKIかMAMUSHIかというくらいの人です。今回の鹿沼も、彼の煽りに乗せられた人は多かったと思います。やはりMCというのは重要なピースの1つですね。

チームグッズを身につけた人、応援ボードを掲げている人、大声でディフェンスコールをする人。そして記者席には複数の地元メディア。開幕からの観客数の多さが、決して田臥効果だけではないことがわかりました。加藤HC解任で地元の盛り上がりも冷めるのではないかと思いましたが、とりあえずは大丈夫そう。せっかくのプロチームですから、順調に伸びていってほしいものです。
あとは北海道に行けばJBLホームタウンレポートはコンプリート(一応石川や鹿児島もあるんですが)。とはいうものの、いつ実現することやら……。


地域密着は心地良いもの…デス。 – なんトラ105

 我が家には2人の息子がいる。息子なんて言えば可愛く聞こえるがもう2人とも30歳を超えているし、家を出て独立してしまったため最近は寄り付きゃあしないし、連絡もしてきはしないのです。
 他人から息子あてに電話があろうものなら“振り込み詐欺”じゃなかろうか? と思わず受話器の前で身構えてしまうことが多々あるのです。2人とも親父に似たのかサラリーマンになることなどハナっから考えておらず、完全なる“自由人”的生き方を通しフリーランスで仕事をしているんですな。

 上の息子が中学生になった時、「うちは何故家を買うとき青山あたりにしなかったの?」と聞いてきたことがありました。「何でそんな風に思った?」と返したら「青山の方がかっこいいじゃん」と来たもんだ。そりゃあ、家長である我輩だって青山には住んでみたいと思うことは思う。でもね…。返事に困って無言で頭を垂れてしまったことを思い出します。
 その息子が、少し世の中の状況を分かってきた大学生になった頃、「狛江も結構いいよね、棄て難い」なんて言ってくれたので少しほっとしたものでした。

 そんな訳で30年来狛江に住んではいますが、地方に行ったときには説明に困ることが多いのです。知らないんですよ狛江市を…。ですから、「新宿から小田原に行く私鉄で小田急線というのがありましてね、途中に高級住宅地のある成城学園という駅があるんですが…」とここまで言うと「あぁ、知っています、知っています成城学園」と言うんです。「その2駅先なんですが」と言うと、首をかしげながら「へぇ~、凄い所にお住まいですね」と全然認知していない感じの反応なのです。
 まぁ、いいんです。知らなくとも。人口は7万人弱の日本一面積の小さい市だし、税金は高いけれど(企業がないんでしかたがない)、住みやすいし、緑も多いし、近くにきれいな川(多摩川)もあるしね。

 さて、大分前にも書きましたが土、日の休みの時にはご近所のお父さんがやっている近くの畑に朝早くから邪魔しに行けるし(手伝いにいってるんじゃない。邪魔しに行ってるけど、帰りに新鮮な野菜を頂けることもある)、市の公募で応募したら“スポーツ振興審議委員”などというのにもなれてお手伝いできたし、その流れで“総合型地域スポーツクラブ”の立ち上げにも関われています。うれしいことです。
 そして今年で11年目になるご近所の約10軒の壁面に11月の上旬から12月25日まで明るくライトアップするクリスマス・イルミネーションも続いています。
特に今年は「狛江のまち-魅力百選」にも選定され、毎年恒例の11月16日に行われた“狛江市民祭り”で表彰もされたので力が入って8日から点灯しております。この不景気風が吹いているご時世に、不謹慎とか脳天気では? という反省もなくはなかったのですが、こういうご時世だからこそ明るく、周りを元気づけて、ハッピーにしようじゃないかと、話し合いの結果頑張ったわけです。

 タイトルにもある“地域密着”という言葉はともするとどこかの団体にうまく利用されているような感もあるのですが、あくまでも住民が楽しく生き生きと遊んでいると言う感じがなければいけないと思うのです。それが存在するうちは継続が可能であるとボクは確信しています。
 今週末“地域スポーツクラブ”のメンバーの方たちと、農業を営んでおられる発足準備委員会委員長宅で“芋煮会”と称した集いをします。もちろん周りの方たちも巻き込んで楽しみつつPRしようというのが主旨になっています。前提はやっている人たちが楽しむというのが第一になっていることは言うまでもありません。
 こんな地域密着というのは心地良いものです。
こんな楽しいトライが出来るようになるには、やはりボクでも2~30年かかっています。でも、どこかでスタートすれば楽しいのですぐに時は経つものなのです。ぜひ皆さんも、とお薦めしたいです。
こんなやり方に賛同してくださる方は結構いるものなのですから…。

 それでは次回の“なんトラ”でまたお会いしましょう。SEE YOU!


木陰でのジャズを楽しんできましたよ。 – なんトラ103

 昨年の10月頃のことでしたでしょうか、この“なんトラ”の原稿を書き終えて「ホッと」して3Fのアティック(屋根裏部屋)から階下に降り、なにげなくTVをつけました(こういうことが多いな?)。深夜です。
 NHKのBSでたまたまやっていたのがドキュメンタリー番組でした。杜の都と言われる仙台で行われている“定禅寺ストリートジャズフェスティバル”がその内容でした。視ているうちにその規模の大きさに圧倒されたのです。
 ケヤキ並木の定禅寺通りを中心に、ビルの入り口、小さな公園(ポケットパークと仙台では呼んでいるようです)、グリーンベルト、商店の軒先、公園、市民広場がステージでした。プロのアーティストは招待された僅かの方々だけで、ほかの参加者?は出たい人やグループが、登録しさえすれば誰でも制限なしと言います。なんとも興味をそそられました。700グループ以上の出演があるというのですから見てみたいなぁ、と即思いました。
 思い立つと実行せねば気が済まぬ性質のボクは、すぐに調整をし始めました。そして、8月はキャンプ(バスケットボール教室)で休みもなかなか取れなかったので、ちょいズレの夏休みとしゃれて9月12日から15日まで、行ってきちゃいました。仙台には学生時代の友人が住んでおりますし、彼もいつも見に行くということを聞いていたのでステイさせて貰ったのです。

 いやぁ~、凄かった。素敵だった。見事だった。というのが素直な感想です。
 11エリア、41か所のステージ、その他4か所のタイアップステージがありとてもすべてを見る?、聴くなんてことは不可能です。なんてったって南北は定禅寺通りから南町通り、仙台の駅前通りから西公園通りまで、国分町、一番町の繁華街を包むように縦横徒歩30分くらいの中に点在しているのですから、広い広い。そして街の中が森の中のように鬱蒼としているのですから散歩するだけでも絶好なのに、ジャズまでついているんですからね。
 もちろん、見るのも聴くのもただですよ。

 来場者たちをウォッチングしてみると凄く幅広くて、赤ちゃん連れの親子から1人で来ているおじいちゃま、親子三代連れ添ったファミリー、友人と来ている昔の娘さんたち、もちろん若いカップルもたくさんたくさん居りました。様々な人たちが集う、市民の生活の中に染み込んでいるジャズフェスティバルとなっていました。
 何度も見に来られているベテランたちは風景スケッチをする人たちが使う携帯用の軽い小さな椅子を持ち歩いているようです。かなり多く見かけたものです。
 プレイヤーたちはゲストを除いて2日間で1回のステージでそこに全力を注ぎます。ステージが終わると、配られたTシャツを誇らしげに着て(バックにPLAYERSとプリントされています)、そこここのパフォーマンス見に行っています。その歩いている姿がまた微笑ましく感じたものです、今まで演じていた人たちが目の前を歩いているんですからね。

 初めて見に来たので最初はぐる~っとすべてのエリアをまわりました。気に入ったジャンルの演奏をやっている足を止め、という具合でした。その中でなかなかだったのは30代中盤から後半位のママたちのゴスペルグループ、名前は“The North One”凄い迫力で24、5人が歌い踊りまくります。7、8人がソロをつとめ曲によって入れ替わり立ち代り登場して踊りもピタッと合っていました(のように見えたのかな?)。常に笑顔を絶やさず演じていたのは凄く好感が持てました。
 MCの紹介によると仙台市内の音楽教室のゴスペルコースの方たちのようでした。思わずbjの仙台89ersのハーフタイムショウによべばいいのに、などと考えている自分に苦笑してしまったものです。その位の完成度がありました。
 その他夫婦2人のデュオの“そのまんまビートルズ”などは、正直あまり上手くはないのですが(失礼)、かなりの曲数をメドレーで演奏したりしていました。しかし楽しげにやっているのは誰にもわかり、かなりの数のビートルズ世代が足を止めて聞き入っていました。
 まぁ、こんな楽しみ方が一般的のようですね。

 参加バンドのジャンルは、ビッグバンド、ロック、ブルース、アコースティック、ア・カペラ、ジャズ・コンボ、ソウル・R&B、カントリー、ワールド、ゴスペル、フュージョン、ポップス、フォーク、クラシック、ボサ・ノヴァ、オールディーズ、ブルーグラス、民謡、日本音楽、打楽器、クラブ、スカ、その他と、ないものはない位多岐にわたっていました。ビッグバンドは当然のごとくラテンをやっていましたしね。

 そうでした、参加料がいくらなのか書くのを忘れました。1人2000円。前記したTシャツが記念として渡されると運営関係者の方がおっしゃっておりました。ビッグバンドなどは人数掛ける2000円ということだそうです。でも、B4、44ページのプログラムをただで配っているし、凄く良心的だと感じました。プロを配るそばにカンパのボックスがあったので少しドーネーション(寄付)したら、ボランティアのお嬢さんがミニガンザ(フィルムケースにサンゴのかけら入れたスタッフ手作りの楽器、振るとカシャカシャと音がします)をプレゼントしてくれました。
  細かい所まで行き届いているイベントだなぁと、これにも感激でした。
18年前の1991年にスタートしたときには参加バンドが25グループ、ステージ数が9か所、観客は5000人位でした(1日)。しかし、18回目の今年は714グループ、96ステージ、観客は75万人近く(ボクの予想です、昨年は72万人だったといいますから…)、何とも凄いことになってきているようです。さらに進化するでしょうね、あれだけ細かい配慮がなされているのですからね。
 仙台に行って本当に良かったと思いました。どうも、癖になりそうですな。

それでは次回の“なんトラ”までSEE YOU! 次回も仙台レポートの予定です。


超大物入団会見2連発!

ごぶさたしております。前回更新からあっという間に8ヵ月。皆様いかがお過ごしでしょうか ←前回と同じごまかし方 今回は言い訳は後回しにして、さっそく本題に入りたいと思います。

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8月の末、bjリーグに新規参入する浜松東三河フェニックスが新外国人・孫明明選手との契約基本合意を発表しました。名前でわかるとおり、中国人です。7月にラスベガスで開催されたリーグのサマーキャンプに参加していて、その時の映像がネット上にいくつも出回るなど注目されていました。
何故注目されていたのか? それは、彼が236cmという超巨漢だからです。あのヤオミンよりもデカい! 日本が誇るビッグセンター岡山恭崇さんよりもデカい!! 何せ、ネット上の動画でもほとんど飛ばずにダンクしてたくらい(爆)。
その孫選手の入団会見が東京で行われるというので、取材することにしました。記者会見というのも5月のbjリーグプレイオフ以来だな~、と最初はのん気に構えておりました。
そうしたら、我が家にもう一つ凄いニュースを知らせるFAXが。なんと、田臥勇太選手のリンク栃木ブレックス入団です! そういえば、4月に能代工業高の加藤三彦監督がブレックスのHCに転身するというビッグニュースがあって、その会見を取材した時も確かに「一番欲しい選手」とは言っていました。でもまさか本当に獲るとは……。
問題はそのFAXの文中に「9月2日に記者会見の予定」とあること。孫明明と同じ日じゃないですか。時間がかぶってたらどちらかを泣く泣く諦めなければならないところでしたが、どうやらかぶらないことがわかり一安心。そんなわけで9月2日、まずは孫明明の会見場である渋谷へ向かいました。

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会場に入るとちょうど会見が始まったところだったのですが、いましたいました、遠近感という概念を完全に無視した人が(爆)。岡山さんに何度かお会いしているのである程度慣れているつもりでしたが、それにしてもまぁ一際デカい。隣の中村和雄HCが小人みたいになってます。
っていうか、会見の席に5人も並んでいるので、資料で出席者の名前を確かめてみると、孫選手本人の他に中村HC、河合幸雄球団社長、オーエスジーの大沢輝秀会長、河内敏光リーグコミッショナー。チームはもちろん、リーグとしても相当期待しているということですね。ま、世界最長身選手が来たわけですから当然といえば当然です。
その期待のほどを中村HCが語ってくれました。「ただ大きいだけかと思われるかもしれませんが、彼はいいですよ。すごく器用な選手。本人もいろんなことをやりたいって言ってるんだけど、僕としてはゴール下で頑張ってほしいから、『3ポイントは1試合に1本だけにしてくれ』って頼んだんですよ。こりゃあ、これから俺と揉めるな(笑)」
当の本人も冗談半分とはいえ「本当はガードをやりたい」っていうくらいですから、スキルはあるんでしょう。アメリカに拠点を移して3年半、日本に来たのは「NBAに行くためのビッグチャンスだと思ったから」だそうです。中村HCも「彼をNBAに送り出して、『bjはNBA選手を作れるリーグ』とアピールしたい」とのこと。
また、会見では河合氏と大沢氏からチームのこれまでの経緯等が語られ、特に大沢氏からは結構突っ込んだ話も聞けました。要約すると以下のような感じです。
「bjができた時にも河内さんに誘われたが、当時は決断できなかった。その後バスケ界のことを勉強して、企業スポーツには限界があるとわかって、ちょうど浜松の経済界の方から『磐田や静岡にプロスポーツがあるのに浜松にはない。是非来てほしい』と話があったので、河内さんに相談して東三河とのダブルフランチャイズという形になった」
浜松東三河といえば、河内コミッショナーのご子息も選手契約。JBL時代の選手も6人残り、元大分のアンディ・エリスも加入して、こりゃ強そうです。浜松の近くにヒステリアのメンバーがいらっしゃることもあり、浜松のゲームには行ってみたいと思っています。

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さて、もう一人の大物・田臥選手の会見は、天王洲のナイキジャパン本社で行われました。ここには我らが島本さんもいらしてました。どうやら僕同様2件かけもちの記者の方もいるようです。
出席者は田臥選手の他、山谷球団代表と加藤HC。本人の口から語られた入団の理由は「試合でプレイしてNBAのスカウトにアピールしたい。自分のバスケットをよく知っている加藤HCの下でやることが先につながる」というものでした。今までとは違うアプローチでNBA復帰を目指すということのようです。
交渉は代理人を通して行われたようで、山谷代表もこの会見の前日に初めて本人と会ったとか。また、代理人から提示されたいくつかのオファーの中からブレックスを選んだとのことで、加藤HCから直接ラブコールを受けたわけでもないということです。
その加藤HCとともに戦うことについては、「能代が僕の原点で、またこうして一緒にやれるのは楽しみ。『高校時代から見てました』と言ってくださるファンの方も多いので、それに応えるという意味でも楽しみです」。
そのコメントの前置きで「『先生』と呼んだら怒られる(笑)」と言っていましたが、これには会見場も笑いに包まれました。高校時代の師匠とトップリーグで再びタッグを組むのはたぶん初めての事例だと思いますが、当時の能代は相当インパクトが強かっただけに、本人も周囲も高校3年間のイメージがまだ残ってるんでしょうね。
個人的に注目しているのは、入団したのがブレックスという地域密着型プロチームであることです。ホームゲームが大入りになるのは間違いなく、チームの知名度も入場料収入も大幅アップは確実。田臥選手自身「地域に貢献するのはアメリカでは当たり前のこと」と語っており、プロ経験者の竹田謙選手あたりとともに高い意識で取り組んでくれそうです。
あとはJBLがその人気をバスケのメジャー化に生かせるかどうか。以前在籍したトヨタ自動車時代は、チームもリーグも彼に頼るだけで、その人気をバスケ普及につなげることは全くといっていいほどできませんでした。新リーグ2シーズン目、JBLが本当に生まれ変わったのかを確かめるいいチャンスです。

最後に宣伝をひとつ。ご存じの方もいるかと思いますが、4月にストリートボール情報WEBマガジン「Breakin!」が創刊されました。LEGEND・SOMECITY・ALLDAY・Hoop In The Hoodという4大イベントを中心に、主に首都圏のストリートボールを扱っております。
要するに、「Breakin!」が始まってからなかなかここを更新できなくなっていたというワケですが、そろそろbjリーグやJBL、WJBLも始まるし、そもそもこの程度で忙しいなんて言ってたら先が思いやられるということで、そろそろこちらもまた更新頻度を上げていけるように頑張りたいと思います。
ただ、ストリートについては「Breakin!」と内容がかぶってはいけないので、今後このコーナーでは基本的に取り上げないことをご了承ください。ストリートの情報が知りたい方は是非「Breakin!」へ!!
ということで、また次回!


米国大統領選に見るスポーツ度は…。 – なんトラ102

 現在、その選挙運動の期間の長さと過酷さから“アメリカン・マラソン”と言われる大統領選挙の話題でもちきりのアメリカです。この大統領選の前にはあのオリンピックでさえも影が薄いといえます。
民主党は元大統領のビル・クリントン夫人のヒラリー氏との壮絶な候補指名争いに勝利したケニア出身の父とカンザス州出身の母を持つバラク・オバマ氏は、アメリカ大統領選初の黒人候補ということは皆さんもご存知のことと思います。
 彼がここまで上ってくるまでには民主党内の政治勢力だけでなく、389年のアメリカの歴史にも挑んで勝たなければならなかったのですから大変です。389年というのはアフリカ人が最初に奴隷として、ヴァージニアのジェームスタウンに連れてこられたのが1619年だからです。それ以来、独立戦争、南北戦争、公民権運動などで人種問題がアメリカ史のなかの大きな争点だったからです。
 アフリカン・アメリカンは音楽やスポーツの世界での優秀性を示して来はしたものの、ビジネスや政治ではなかなか認められるところまではいっていません。そこでオバマ氏の出現です。だからアメリカ人にとって、多くの言葉が必要ない位のもの凄いインパクトであることは間違いありません。
 
 6月3日、大統領候補指名を確実にしたオバマ氏と奥さんのミシェルさんの、大歓声の中のステージ上で抱き合うという映像を見ました。その時、ミシェルさんは握りこぶしを肩の前に上げると、つられるようにオバマ氏もこぶしを作り、軽くぶつけました。
 ボクにとってはアメリカでは日常生活の中でも良く見ていたし、バスケットでもベースボールでも、どんなスポーツでもスーパープレイや得点の時にげんこつをぶつけて喜ぶのは日常茶飯のことでしたから、当たり前のように見ていました。
しかし政治の世界では違ったんですね。初めてのことだったようで大きな話題を呼んだようでした。
 ミシェルさんはTVで「フィスト・バンプ(こぶしの衝突)で讃え合わなきゃ。これは新しいハイファイブですよ」と説明していました。互いの手のひらを合わせるハイファイブはハイタッチと言われ日本でも一般的になっているほどですが(アメリカではハイタッチと言っても通じません)、それと同じと言おうとしたようです。でも、フィスト・バンプはまだ一般人には認知されていないので、特定の人種や年齢、階級を連想させ、とくに都会の黒人の若者文化と結びつくようです。そこが話題になったのでしょう。
 オバマ夫妻に黒人らしさや若さを捉えて好感を覚えたり、反発を感じたりした人もいたと思います。2人の一体感と高揚感が一瞬のムーブをかもし出したのでしょうね。
この行動を人前でしたことによって、新しいタイプの候補として全米に認知されたと言っても過言ではありません。アメリカでは大統領候補とその奥さんが表した斬新なメッセージは常に話題となるからです。
 
その後、さらに候補受諾のスピーチのミシェル夫人とお兄さんのクレイグ・ロビンソン氏のエピソードも心温まるものだったようです。貧困の中でも厳格なしつけを徹底していた家庭にあって、バスケットボールの有名な選手だったクレイグ氏は、妹ミシェルが交際していた「バラク・オバマ」という男が信用できるかどうかを、バスケットでワンオンワンをして「試した」というような話は共感を呼び、等身大の人物像を聴衆に実感させる効果があったと思います。

 さて一方の共和党の候補マケイン氏は、民主党大会の翌日に、オバマ旋風を吹き飛ばすかのように全米に「サプライズ」を巻き起こしました。副大統領候補として、44歳の現職女性知事、アラスカ州のサラ・ペイリン知事を指名したのです。噂されていたリッジ前国土保安長官でも、ポウレンティ・ミネソタ州知事でもなく、また女性候補なら彼女といわれていた、カーリー・フィオリーナ前HP(ヒューレット・パッカード社)会長でもなく、ほとんど政界もメディアもノーマークの人選は、一気にニュースメディアのトップを奪ったのです。
 このペイリン知事、とにかく異色の政治家で話題性は十分です。アラスカ育ちのアウトドア派で、ご主人は原住民イヌイット(エスキモー)の血を引く漁師です。それだけでも十分ユニークなのに、高校時代はバスケットの花形選手で、準ミス・アラスカに選ばれて奨学金を獲得して大学に進学、その後はTVジャーナリストを経て政界入りした44歳の女性ということですから大変なものがあります。息子さんは軍人でイラクに派遣されているということですから、マケイン候補と良いコンビだと言えるでしょう。もちろん、そこには女性候補を据えてヒラリー支持票を囲い込みたいという思惑も見えます。

 オバマ、マケインどちらをアメリカ人が選ぶのか分かりません。しかし、そのまわりをとり囲む人たちのなかにスポーツをバスケを大事にする人がいるというだけで、ボクにとって何か嬉しい感じがする今回の大統領選です。

 それでは次回の“なんトラ”まで、SEE YOU!